このページの目次
0 はじめに:相談事例
海外からの輸入ビジネスを拡大させている事業者の方から寄せられた、具体的な相談事例をご紹介いたします。
【相談者】
大阪府内で精密測定機器の輸入販売を営む株式会社Lの代表M氏
【相談事例】
「当社ではこれまで、北米のメーカーから製品を定期的に輸入してきました。先日、当社がチャーターしたコンテナ船が太平洋上で大型の台風に遭遇し、船体が大きく傾く事故が発生しました。船長の判断により、沈没の危機を回避するため、甲板上に積まれていた他社のコンテナ数個を海中に投棄したと連絡がありました。当社の貨物が入ったコンテナは幸い無事でしたが、後日、船会社から共同海損の宣言がなされ、当社に対しても多額の費用負担を求める通知が届きました。当社の製品は一つも壊れていないのに、なぜ他社の損害を負担しなければならないのでしょうか。また、自社の貨物が浸水被害を受けた場合の補償についても、保険でどこまでカバーされるのか改めて整理したいと考えています。専門的な条文や商法の規定を含め、経営者として理解しておくべき貨物海上保険の全体像を教えてください」
M代表が直面している「共同海損」という概念は、海上輸送特有の非常に歴史の古い法制度であり、陸上輸送や航空輸送ではあまり見られないものです。貨物海上保険(マリン保険)は、単に貨物の破損を補償するだけでなく、このような国際的な海事法上のルールに基づいた多額の費用負担をもカバーする重要な役割を担っています。本稿では、商法および保険法の規定に基づき、事業者が知っておくべき損害の類型と保険実務について詳しく解説してまいります。
1 貨物海上保険の法的根拠と対象範囲
貨物海上保険は、海上輸送中に発生する偶然の事故による損害を補償する損害保険の一種です。日本においては、保険法および商法の規定がその法的な基盤となります。
(1)保険法における損害保険の定義
保険法第2条第6号では、損害保険契約について次のように規定されています。
【保険法第2条第6号(定義)】
損害保険契約 保険人が、一定の偶然の事故((中略))によって生ずることのある損害をてん補することを約し、相手方がこれに対して保険料を支払うことを約する契約をいう。
海上輸送における「偶然の事故」には、沈没、座礁、衝突、火災、荒天による浸水、さらには戦争や海賊行為といった広範囲なリスクが含まれます。
(2)商法における海上保険の性格
商法第815条以下には海上保険に関する規定があり、海上輸送に伴う特有の危険が考慮されています。事業者は、保険の対象が単なる「物の価額」だけでなく、運賃や期待利益(到着地での転売利益等)をも含めることができる点に留意すべきです。
海上保険契約においては、保険価額は、別段の合意がないときは、保険責任が開始する時における保険の目的の価額とする。
実務上は、インボイス価格に運賃や保険料、さらに10パーセント程度の希望利益を加算した金額(CIF価格の110パーセント等)を保険金額として設定するのが一般的と言えます。
2 共同海損(General Average)の仕組みと法的責任
M代表が戸惑われている「共同海損」は、海上輸送において最も重要な法理の一つです。これは、船舶と貨物が共通の危険にさらされた際、全員の安全を守るためにあえて犠牲を払った場合の損害を、利害関係者全員で分担する制度です。
(1)共同海損の定義と商法の規定
商法第808条には、共同海損の成立要件が以下のように定められています。
船長が、船舶及び積荷に対する共同の危難を避けるため、船舶又は積荷について処分をしたことによって生じた損害及び費用は、共同海損とする。
(2)実務上のプロセスと保険の役割
共同海損が発生した場合、船会社は「共同海損の宣言(デクラレーション)」を行います。その後、専門の精算人(アジャスター)が、各荷主の貨物価値や船舶の価値に応じて、分担すべき金額を算出します。
M代表の事例では、自社の貨物が無傷であっても、船舶と全貨物の安全のために他社の貨物が投棄されたという事実があれば、M代表の会社もその損害を分担する法的義務を負います。この分担金は極めて高額になることがありますが、貨物海上保険に加入していれば、この共同海損分担金も保険金として支払われるため、企業の財務リスクを大幅に軽減できます。
3 単独海損(Particular Average)と損害の類型
共同海損に対し、特定の荷主の貨物だけに発生した損害を「単独海損」と呼びます。単独海損は、その損害の程度によって「全損」と「分損」に大別されます。
(1)全損(Total Loss)の区分
貨物の価値が完全になくなった、あるいは経済的に修理や回収が不可能となった状態を指します。
1.現実全損(Actual Total Loss)
貨物が沈没して消失した、あるいは火災で完全に焼失した状態。
2.推定全損(Constructive Total Loss)
貨物自体は現存しているものの、修理費や目的地までの輸送費の合計が、貨物の到着地での価値を超えてしまうような状態。商法第833条以下の「委付(いふ)」という手続きに関わる重要な区分となります。
3.荷造り1個ごとの全損
積込みや荷卸し中に、1パッケージ(個体)がまるごと海中に落下して全損となった状態。
(2)分損(Particular Average)の区分
貨物の一部が損傷したり、一部が滅失したりした状態です。
1.特定分損
船舶の座礁、沈没、衝突、火災といった「特定事故」に起因する部分的な損害を指します。
2.その他の分損
海上での荒天遭遇による荷崩れや、海水がコンテナ内に浸入したことによる水濡れ被害、あるいは荷役中の衝撃による破損などが含まれます。
4 貨物海上保険の損害区分・対応一覧表
事業者が実務で直面する様々な損害の種類と、その内容を整理いたしました。
| 主要区分 | 詳細区分 | 定義および具体例 |
| 共同海損(GA) | 共同海損負担金 | 船体・積荷全体の危難を避けるための犠牲損害。例:荒天時の貨物投棄、救助費用、応急修理費など。 |
| 単独海損(PA) | 現実全損 | 貨物の物理的な滅失または価値の完全な喪失。例:沈没による消失、火災による完全な焼失など。 |
| 単独海損(PA) | 推定全損 | 経済的な理由から全損として扱う状態。例:修理費用等が到着地での貨物価値を超える場合など。 |
| 単独海損(PA) | 特定分損 | 船舶等の特定事故(座礁・衝突等)による損傷。例:衝突事故の衝撃による精密機器の内部破損など。 |
| 単独海損(PA) | その他の分損 | 特定事故以外の原因による部分的な損害。例:荒天遭遇による荷崩れ、海水の浸入、水濡れなど。 |
| 費用損害 | 各種費用 | 損害の発生を防止・軽減するために支出した費用。例:損害防止費用、救助料、検査費用など。 |
5 インコタームズと保険手配の責任関係
事業者が輸出入を行う際、誰が保険を手配し、誰が保険料を負担するかは、契約上のインコタームズ(貿易条件)によって決定されます。
(1)CIF条件
これらの条件では、輸出者が輸入者のために保険を手配する義務を負います。
【インコタームズ2020:CIF(Cost, Insurance and Freight)】
売主は、物品を本船に積み込むか、または既に引き渡された物品を調達することにより引き渡す。売主は、物品の仕向港までの運賃および保険料を支払い、最低限の補償範囲の保険を締結しなければならない。
(2)FOB、FCA、CFR条件
これらの条件では、売主に保険手配の義務はありません。輸入者が自らのリスク管理のために、任意で保険を締結することになります。M代表のように自ら直接輸入を行う事業者の場合、契約条件がFOB等であれば、自社で包括的な貨物海上保険を契約しておくことが不可欠となります。
6 損害発生時の実務フローと事業者の義務
万が一、貨物に損害が発見された場合、事業者は保険金を確実に受け取るために、以下の手順を迅速に踏まなければなりません。
(1)損害の通知とサーベイ(鑑定)の手配
損害を発見したら、直ちに保険会社またはその代理店に通知します。重大な損害の場合は、保険会社が指定するサーベイヤー(海事鑑定人)による調査が行われます。サーベイヤーは損害の原因と程度を客観的に判定し、サーベイ・レポートを作成します。
(2)損害防止軽減義務
保険法第13条等に基づき、被保険者には損害の拡大を防ぐ努力が求められます。
【保険法第13条(損害防止義務)】
被保険者は、保険事故が発生したことを知ったときは、損害の発生及び拡大の防止に努めなければならない。
例えば、水濡れした貨物を乾燥させたり、さらなる汚染を防ぐために隔離したりといった措置が必要です。これに要した費用(損害防止費用)は、通常、保険によってカバーされます。
(3)船会社への異議留保(リザーブ)
貨物海上保険には「代位(だいい)」という仕組みがあります。保険会社が保険金を支払った後、保険会社は荷主に代わって船会社などの運送人に損害賠償を請求します(保険代位)。
保険人は、保険金を支払ったときは、その支払いをした金額の限度において、被保険者が第三者に対して有する権利を取得する。
この権利を確保するため、荷主は貨物の引渡し時に損害がある旨を船会社に対して書面で通知(リザーブの提示)しておく必要があります。これを怠ると、保険会社からの支払いが制限される可能性がある点に注意が必要です。
7 「全危険担保(All Risks)」条項の誤解と免責事項
多くの事業者が「All Risks」という名称から、あらゆる損害が補償されると考えがちですが、法律および約款上の免責事項が存在します。
(1)主な免責事項
1.荷主の故意または重大な過失
2.貨物固有の欠陥または性質(自然消耗、腐敗など)
3.梱包の不備(通常の輸送に耐えられない程度の梱包)
4.航海の遅延による損害
5.原子力、放射能による損害
(2)戦争・ストライキ危険
標準的な「All Risks」であっても、戦争危険(War Risks)やストライキ危険(S.R.& C.C.)は通常除外されています。これらをカバーするためには、別途特約を付帯させる必要があります。
8 通関士および弁護士の視点によるアドバイス
輸出入の実務において、保険の問題は通関手続きや関税評価とも密接に関係します。
(1)関税評価額への保険料の加算
輸入申告の際、関税の計算根拠となる「申告価格(課税価格)」には、保険料が含まれます。
(中略)輸入港に到着するまでの運賃、保険料その他運送に関連する費用を加算した金額とする。
自社で包括保険をかけている場合、その個別案件ごとの保険料を正しく算出し、申告価格に反映させる必要があります。これを忘れると、税関事後調査で過少申告を指摘されるリスクがあります。
(2)証拠資料の重要性
保険金の請求においても、税関への不服申立てにおいても、客観的な証拠が全てです。
・輸出入申告書(許可書)
・船荷証券(B/L)
・インボイス、パッキングリスト
・サーベイ・レポート
・損害写真、荷主による異議留保の控え
これらの書類を、関税法上の保管義務期間(原則5年から7年)を超えて、確実かつ組織的に管理する体制が求められます。
9 事故発生時のリーガルリスクと紛争解決
貨物損害を巡る紛争は、荷主、船会社、保険会社、そして海外の取引先といった複数のプレイヤーが関与するため、法的に非常に複雑化します。
特に、船会社が発行するB/L(船荷証券)の裏面約款には、責任限度額(パッケージ・リミテーション)や準拠法、裁判管轄などが細かく規定されています。多くの船会社は、ヘーグ・ヴィスビー・ルール等の国際条約に基づき、その賠償責任を一定額に制限しています。
荷主としては、船会社から満額の賠償を受けることは困難であるケースが多いため、自社の貨物海上保険によって実質的な損害を補填することが、経営上の唯一の防衛策となります。M代表の事例にあるような共同海損分担金も、商法に基づく正当な請求である限り避けることはできませんが、保険適用の可否や分担額の妥当性を精査する過程で、海事法に精通した弁護士の知見が不可欠となります。
10 結びに代えて:予期せぬ危難を乗り越えるために
海上輸送は、古来より「危難との戦い」でした。現代の巨大コンテナ船であっても、自然の驚異や予期せぬ海難事故から完全に自由ではありません。貨物海上保険は、商法や保険法、さらには国際条約といった強固な法的枠組みに支えられた、世界共通の相互扶助の仕組みと言えます。
M代表のようなケースでも、共同海損の仕組みを正しく理解し、適正な保険を付保していれば、自社の財務を傷つけることなく事業を継続できます。「自分の荷物が無事なら大丈夫」という考えは、海上輸送の実務においては通用しないことを、経営者として強く認識しておく必要があります。
当事務所は、代表弁護士が輸出・輸入や通関に関する国家資格である通関士資格を有しており、海上保険を巡るトラブルから、税関申告の適正化、さらには不慮の事故に伴う法的紛争まで、一貫したサポートを提供しております。
【お問合せは、こちらから】
・・・・・・・・・・・
執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

