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はじめに:仮の相談者から寄せられた相談事例のご紹介
本日は、輸入ビジネスを営む上で最も高度な専門性と注意力が求められる知的財産権の一つ、特許権の侵害について、その法的構造から実務的な回避策までを網羅的に解説いたします。まずは、当事務所に実際に寄せられる相談内容を模した、以下の架空事例をご覧ください。最先端の製品を海外から導入しようとする企業様にとって、非常に重要な示唆が含まれています。
【相談者】
神奈川県内で医療機器及び精密測定装置の輸入卸売業を営むA社 代表取締役 B氏
【相談内容】
「当社はこの度、ドイツの医療ベンチャー企業が開発した新型の血液分析装置を日本国内の病院向けに独占的に輸入販売する契約を締結いたしました。当該装置は欧州で高い評価を得ており、ドイツ国内での特許も取得されています。B氏は、開発元のライセンスがある以上、日本での販売も問題ないと考えておりました。ところが、輸入申告を終えて国内でのプロモーションを開始した直後、国内の大手精密機器メーカーC社から、当該装置のセンサー技術が同社の保有する日本国内の特許権を侵害しているとして、即時の輸入・販売停止と在庫の廃棄、並びに過去のデモ機貸し出しに伴う損害賠償を求める警告書が届きました。ドイツのメーカーに確認したところ、同社は日本での特許出願は行っていないものの、独自の技術であると主張しています。B氏は、他国の特許が日本でどのように影響するのか、また、C社の請求に対しどのような法的防御が可能なのか、専門的な見地からの詳細な解説を求めています」
このような事例は、技術革新が激しい現代の貿易実務において、非常に多く見受けられます。輸入ビジネスでは、特許権侵害のリスクを軽視することはできません。特許権は、発明を保護する独占的権利であり、特許権を侵害する商品を輸入してしまうと、多額の賠償金や業務停止といった深刻な法的責任を問われる可能性があります。本日は、特許権侵害のリスクと輸入業者が取るべき対策について、条文に基づきご説明いたします。
1 特許権の定義と属地主義の原則
日本の特許法において、特許権は特許発明を独占的に実施する権利とされています。まず、特許法の根拠となる条文を確認しましょう。
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(後略)
ここでいう「実施」の内容については、特許法第二条第三項に定義されています。
この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 物の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
(中略)
このように、特許法上、特許発明に係る物品を「輸入」する行為そのものが発明の実施に該当し、権利者の許諾がない場合は侵害を構成いたします。また、B氏の事例で重要なのが「属地主義」です。特許権は国ごとに独立して発生・存続するものであり、ドイツで特許があっても日本で有効とは限りません。逆に、日本で他社が特許を保有していれば、海外で合法的に製造された製品であっても、日本への輸入は侵害となります。
2 特許権侵害の具体的な態様
特許権侵害には、大きく分けて「直接侵害」と「間接侵害」の二つの態様が存在します。
(一)直接侵害。特許発明の技術的範囲に含まれる製品をそのまま輸入・販売する行為です。
(二)間接侵害。特許発明の実施にのみ使用する部品や、侵害を引き起こす蓋然性が高い物品を輸入する行為です。これについて特許法第百一条は次のように規定しています。
次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。
一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の製造、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
(中略)
これにより、完成品だけでなく、その核心的な部品を輸入する場合であっても、特許権侵害を問われるリスクが生じます。B氏の事例において、血液分析装置そのものだけでなく、その専用カートリッジや交換用センサーを個別に輸入する場合も、この間接侵害の規定に抵触する可能性があるのです。
3 特許権侵害に伴う深刻な法的リスクと実務的影響
特許権侵害が指摘された場合、輸入業者が被る不利益は極めて甚大です。
(1)差止請求のリスク
特許権者は、特許法第百条に基づき侵害の停止を請求できます。
特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 特許権者又は専用実施権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を構成した物(プログラム等を含む。以下同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。
これが認められると、輸入した商品の販売は即座に禁止され、高価な医療機器であってもすべて廃棄処分となる恐れがあります。
(2)損害賠償請求のリスク
特許権侵害については過失が推定されるため、輸入業者が「特許の存在を知らなかった」という主張をしても、賠償責任を免れることは困難です。
他人の特許権又は専用実施権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があつたものと推定する。
損害額の算定については、特許法第百二条に規定があり、侵害者の利益額やライセンス料相当額が基準となります。医療機器のように単価が高い製品の場合、賠償額が数億円に達することも珍しくありません。
(3)税関での輸入差し止め
関税法第六十九条の十一に基づき、特許権を侵害する物品は「輸入してはならない貨物」として指定されています。税関は、権利者からの申立てに基づき、水際で貨物を差し止める「認定手続」を開始いたします。これにより、商品は国内に持ち込まれる前にストップし、多額の保管料や納期遅延による違約金が発生することになります。
4 特許権と他の知的財産権の比較
輸入業者が把握しておくべき各権利の性質を以下の表にまとめました。
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知的財産権の性質比較および輸入時リスク一覧表
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権利の名称|保護の対象|権利の発生|主な輸入リスク
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特許権|高度な技術的思想(発明)|特許庁への登録|技術的構成の模倣、差止
実用新案権|物品の形状等の考案|無審査登録|ライフサイクルの短い製品の模倣
意匠権|物品の外観・デザイン|特許庁への登録|見た目の類似、差止
商標権|ブランド名・ロゴマーク|特許庁への登録|名称・マークの混同
著作権|思想・感情の創作的表現|創作時に自動発生|マニュアル、ソフトの無断コピー
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特許権はこれらの権利の中でも特に「技術の内容」を保護するため、外見からは判別しにくいという特徴があります。そのため、事前調査の重要性が他よりも格段に高いのです。
5 リスク回避のための戦略的対応策
輸入業者として特許権侵害を防ぎ、安全なビジネス運営を実現するためには、次の対応策を組織的に実施することが重要です。
(1)精緻な事前調査の実施
輸入予定の商品が日本国内で特許権を侵害していないか、特許庁が提供する特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を活用して徹底的に調査しましょう。ただし、特許請求の範囲(クレーム)の解釈は極めて専門的であるため、キーワード検索だけでなく、弁理士や弁護士による「FTO(自由実施可能性)調査」を行うことが推奨されます。
(2)海外メーカーとの契約管理
海外の仕入先に対して、当該製品に関する日本国内での特許状況を照会し、第三者の権利を侵害していないことを保証(表明保証)させる必要があります。また、万が一侵害が発生した際、海外メーカーが損害を補償する「インデムニティ条項」を売買契約書に盛り込むことが不可欠です。
(3)弁護士・通関士への相談
特許法は専門的かつ複雑です。輸入を検討している商品について少しでも不安がある場合は、事前に専門家に相談し、リスク評価を行いましょう。当事務所は、代表弁護士が通関士資格も保有しており、法務と実務の両面から強力なサポートを提供することが可能です。
6 特許法における損害賠償額の推定規定(第百二条)の詳細
損害賠償請求を受けた際、どれほどの金銭的リスクがあるのかを把握するために、第百二条の内容を整理いたします。
権利者が自ら販売している場合、侵害者の販売数量に権利者の単位利益を乗じた額を損害とすることができます。
(同第二項)
侵害者が得た利益の額を、権利者が受けた損害の額と推定します。
(同第三項)
いわゆる「ライセンス料相当額」を最低限の損害として請求できます。
2026年現在の運用では、このライセンス料相当額が従来よりも高く見積もられる傾向にあり、さらに「故意」の侵害と認められた場合には、懲罰的な賠償が検討される可能性もあります。輸入業者は、単に「利益を返せばよい」という認識ではなく、企業の存続を揺るがす賠償リスクとして捉えるべきです。
7 特許権侵害貨物の輸入に関する厳格な注意喚起
企業としては、輸入する貨物の内容や取引相手に支払う代金のみを気にしておけばよく、それ以外の手続面のことはほとんど気にしていない場合も多いものと思われます。しかしながら、このような姿勢には大きなリスクがあると言わざるを得ません。
正しい法令知識に基づき、一つひとつの取引を精査すること。その地道な努力が、貴社のグローバルビジネスを安定させ、不測の事態から会社を守ることに繋がります。
8 実務で役立つ輸入前特許リスクチェックリスト
B氏のような経営者が現場で活用できる具体的な確認事項をまとめました。
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輸入貨物特許権侵害リスク・セルフチェック表
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確認項目|具体的な実施内容|実施状況
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技術の特定|製品の核心となる技術的特徴をリストアップしているか|
特許調査|日本国内で同一技術の特許が登録されていないか|
ライセンス|海外メーカーは正当な権利者からライセンスを受けているか|
表明保証|契約書に「第三者の特許権を侵害しない」旨の条項があるか|
専門家評価|侵害の可能性がある場合、鑑定書を取得しているか|
税関事前照会|必要に応じて、税関に侵害物品該当性を相談しているか|
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9 まとめ:適正な知的財産管理こそがビジネスを安定させる礎
特許権侵害は輸入ビジネスにおいて避けられない重大なリスクです。海外で合法的に流通している商品であっても、日本国内では特許権の保護対象となる場合があります。輸入業者としては、法律を遵守しつつ、リスクを十分に評価し、安全なビジネス運営を目指すことが求められます。事前の調査と適切な対策を講じることで、特許権に関連するトラブルを未然に防ぐことが可能です。
当事務所は、あなたのビジネスの強力な盾として、常に寄り添い続けます。どのようなお悩みでも、まずは当事務所にお気軽にご相談ください。共に、誠実で誇りあるビジネスの形を追求してまいりましょう。適正な通関こそが、グローバルビジネスを安定させる唯一の道です。
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執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

