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はじめに:仮の相談者から寄せられた相談事例のご紹介
本日は、輸入実務において最も劇的なコスト削減を可能にする一方で、一歩間違えれば数年分の利益を吹き飛ばすほどの破壊力を持つ「EPA(経済連携協定)の原産性否認リスク」について、その法的構造から実務的な防衛策までを網羅的に解説いたします。EPAやFTA(自由貿易協定)に基づく特恵関税の適用は、単に証明書を提出すれば済むという事務作業ではありません。それは、輸出国の製造工程や原価構成が、日本の関税法および各国との協定に合致していることを輸入者が「立証」し続けるという、高度な法的義務の履行そのものです。まずは、当事務所に実際に寄せられる相談内容を模した、以下の架空事例をご覧ください。
【相談者】
静岡県内で産業用ロボット部品の輸入販売を行う株式会社Z、代表取締役、Y氏
【相談内容】
「当社は、タイの製造メーカーから、日・ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)を活用して部品を無税で輸入しております。輸出者からは、現地の商工会議所が発行した『特定原産地証明書(フォームAJ)』を毎回の輸入時に受け取っており、税関からも当初は問題なく受理されていました。しかし、輸入開始から三年が経過した先月、税関から『検認(Verification)』の通知が届きました。税関がタイの輸出者に対して詳細な原価計算書の提出を求めたところ、計算の基礎となる非原産材料の評価額に誤りがあり、実は付加価値基準(RVC)が規定の40パーセントに達していなかったことが判明したのです。税関からは、過去三年分の輸入貨物すべてについてEPAの適用を否認され、本来の実行最恵国(MFN)税率との差額である関税三千万円と、消費税、さらに過少申告加算税の納付を命じられました。当社は輸出者の発行した公的な証明書を信じていただけなのに、なぜこれほどのペナルティを背負わなければならないのでしょうか。法的な救済措置や、今後の対策について切実な相談をさせていただきます」
このような事例は、グローバルなサプライチェーンにおいて付加価値基準の計算が複雑化する中で、日本国内の輸入者が常に晒されている深刻なリスクを象徴しています。本日は、この原産地規則の論理と、事後調査での「否認」という最悪の事態を防ぐための実務的要諦を解説いたします。
1 特恵関税適用の法的根拠と輸入者の証明責任
EPAに基づく特恵関税の適用は、関税法および各協定の実施に関する法律によって規定されています。
「税関長は、経済連携協定の規定に基づき関税の譲許の便益を受ける貨物について(中略)当該貨物が当該経済連携協定の規定に基づき当該締約国の原産品とされるものであることを確認するために必要な資料の提出を求めることができる。」
この条文が示す通り、税関は輸入者に対し、いつでも原産性の証拠を求める権限を有しています。日本の輸入者は、輸出者が発行した証明書を提出するだけでなく、その内容が正しいことを担保する責任を負います。これを「輸入者の立証責任」と呼びます。Y氏の事例のように、輸出者が故意または過失で誤った証明書を発行した場合であっても、日本の税関に対する納税義務は輸入者に帰属するため、輸出者のミスはそのまま輸入者の追徴リスクに直結いたします。
2 原産地規則の基礎知識と主要な判定基準の法的要件
原産地規則とは、貨物が特定の国で「生産」されたとみなされるための法的な基準です。大きく分けて以下の三つの類型が存在いたします。
(一)完全生産品(Wholly Obtained Goods)
当該国で完全に獲得、または生産された貨物を指します。例えば、当該国の領土内で採掘された鉱物、収穫された農産物、領海内で漁獲された水産物などがこれに該当いたします。
(二)実質的変更基準(Substantial Transformation Criterion)
二カ国以上にわたって製造が行われる場合、最終的に「実質的な変更」が加えられた国を原産国とする基準です。具体的には以下の二つの手法が用いられます。
一 関税分類変更基準(CTC:Change in Tariff Classification)
使用された非原産材料のHSコードと、完成品のHSコードが、協定で定められたレベル(2桁、4桁、または6桁)で変化していることを求める基準です。
二 付加価値基準(VA:Value Added Content)
完成品の価格のうち、原産国で付加された価値(材料費、労務費、経費等)の割合が一定水準(多くの協定では40パーセント以上)であることを求める基準です。
(三)加工工程基準(Specific Processing Criterion)
特定の化学反応や複雑な組立工程など、あらかじめ協定で定められた特定の加工が行われた場合に原産性を認める基準です。
実務上、製造業において最もトラブルになりやすいのが、Y氏の事例でも問題となった「付加価値基準」です。計算方法には、非原産材料の価格を差し引く「控除方式(ビルドダウン方式)」と、原産材料や経費を積み上げる「積上げ方式(ビルドアップ方式)」があり、協定ごとに計算式が厳格に定められています。
3 EPA適用を盤石にするための実務的チェックリスト
輸入者が事後調査において否認を受けないために、最低限実施すべき確認項目を以下の表に整理いたしました。
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│ EPA特恵関税適用のための原産地管理・重要実務チェックリスト │
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│チェック項目│具体的な確認内容(全角表記) │実務上の留意点 │
├──────┼──────────────────┼────────────┤
│判定基準特定│輸入貨物のHSコードに基づき、PSR│協定の年度(2017年版│
│ │(品目別規則)を正しく特定しているか│等)の齟齬に注意する │
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│証明書の有効│有効期限内であり、記載内容がインボイ│誤字脱字一つで適用が否認│
│ │スやパッキングリストと完全に一致か │されるリスクがある │
├──────┼──────────────────┼────────────┤
│根拠資料入手│輸出者からBOM(部品表)や製造工程│「企業秘密」を理由とする│
│ │図の概要を事前に入手しているか │資料拒絶は否認に直結する│
├──────┼──────────────────┼────────────┤
│直接運送原則│積替えがある場合、第三国で未加工であ│通し船荷証券(TBL)の│
│ │ることを証明する非加工証明書はあるか│確保が鉄則である │
├──────┼──────────────────┼────────────┤
│定期的な監査│為替変動や原材料価格の推移により付加│限界ライン(40%前後)│
│ │価値率が低下していないか確認したか │の貨物は特に危険である │
└──────┴──────────────────┴────────────┘
4 検認(Verification)の恐ろしさと遡及的否認
EPA実務において最も恐ろしいのが、輸入から数年経って実施される「検認」です。これは、日本の税関が輸出国の当局や輸出者に対し、原産性の正当性を直接照会する手続きです。
(経済連携協定に基づく特恵関税の適用等に関する政令)
この政令等の規定に基づき、輸出者が税関の質問に回答しなかったり、提出された資料が不十分であったりした場合、日本の税関長は原産地を「原産品ではない」とみなすことができます。Y氏の事例では、輸出者の計算ミスが検認によって露呈しました。この場合、関税法第十四条(更正、決定等の期間制限)に基づき、法定納期限から五年を経過するまで税額の更正が可能です。また、特恵適用が「虚偽」に基づくと判断されれば、過少申告加算税(10パーセントから15パーセント)に加え、悪質な場合には重加算税(35パーセントから40パーセント)が課され、延滞税も重くのしかかります。
5 原産地管理における高度な救済・防衛スキーム
EPAのメリットを享受しつつ、リスクを最小化するための高度な実務手法として、以下の三点を推奨いたします。
(一)累積規定(Cumulation)の活用
多くのEPAには「累積」というルールがあります。これは、相手国での製造に使用された日本産の材料や、域内他国(ASEAN等)の原産材料を、自国の材料とみなして計算できる制度です。これを利用することで、付加価値基準のハードルを大幅に下げることが可能です。
(二)僅少の基準(De Minimis)の適用
CTC基準(関税分類変更基準)を適用する際、非原産材料の一部がHSコードの変更を満たさなくても、その価格が完成品の一定割合(多くの場合は10パーセント)以下であれば、原産性を認める救済規定です。
(三)事前教示制度の徹底活用
原産性の判断が複雑な貨物については、輸入前に税関に対して「事前教示」を申請し、原産地認定に関する公式な文書回答を得ておくことが最大の防衛策となります。書面による回答を得ていれば、よほどの事実相違がない限り、事後調査で判断が覆されることはありません。
6 サプライヤーとの国際契約における「関税補償条項」の重要性
Y氏の事例で最も悔やまれるのは、輸出者との契約において「原産地証明の誤りに基づく損害」を補償させる条項が欠落していたことです。当事務所では、輸入者がサプライヤーに対して以下の義務を負わせる契約スキームを提案しております。
一 原産地規則の遵守および正確な資料提供の義務化。
二 税関による検認が発生した際の全面的な協力義務。
三 原産性が否認され、輸入者が追徴課税や加算税を課された場合、輸出者がその損害の全額を輸入者に補償(支払)する旨のインデムニティ条項。
このような条項があることで、サプライヤーに対して適正な管理を強いることができ、万が一の際の経済的損失を回避することが可能となります。
7 専門家(弁護士・通関士)による包括的サポートの必要性
EPAの活用は、単なる貿易実務ではなく、関税法、各国協定、会計、そして製造実務が交差する「高度な法務ガバナンス」の領域です。輸入者が独力で、あるいは通関業者に「丸投げ」の状態で進めることには、法的な死角が多すぎます。当事務所は、代表弁護士が通関士資格を保有しており、法務と物流実務の双方から貴社を強力に守ります。
【当事務所が提供できる具体的なEPA支援内容】
一 貴社のサプライチェーンに基づく「最適EPA活用戦略」の策定
二 輸出者が作成した原産地証明根拠資料の法的レビューおよび妥当性検証
三 税関の事後調査や検認に対する、論理的な主張書面の作成および交渉代理
四 不当な否認処分に対する「再調査の請求」および「審査請求」の手続代理
五 原産地管理に関する社内管理規定(ICP)の構築および役職員研修
六 包括的な事前教示の申請および税関当局との窓口折衝
弁護士が介入することで、輸出者に対しても「日本の関税法規を軽視することは許されない」という強力なメッセージを伝えることができ、結果として情報の精度が飛躍的に向上いたします。
8 まとめ
本日は、EPA適用の恩恵の陰に隠れた「原産地否認リスク」について、その深刻な実態と防衛策を解説いたしました。Y氏のようなケースであっても、当初から契約書に補償条項を盛り込み、輸出者の原価計算ロジックを事前にリーガルチェックしていれば、三千万円という巨額の追徴金を自社で負担する事態は回避できたはずです。
企業にとって、EPAは「攻め」のツールであると同時に、慎重な「守り」の体制が求められる両刃の剣です。証明書の存在を盲信するのではなく、その背後にある「原産性の真実」を法的に担保し続けること。その地道なコンプライアンスの積み重ねこそが、不確実な国際貿易環境において、貴社の利益を真に守る唯一の道です。
【お問合せは、こちらから】
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執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

