輸入ビジネスと商標権侵害の法的リスク

はじめに:仮の相談者から寄せられた相談事例のご紹介

近年、ECサイトの利用拡大や副業の推進等により、個人や法人を問わず海外から商品を仕入れて国内で販売する輸入ビジネスが非常に活発化しております。しかし、その手軽さの反面、知的財産権、特に商標権を巡るトラブルが後を絶ちません。まずは、当事務所に実際に寄せられる相談内容を模した、以下の架空事例をご覧ください。

【相談者】

都内でアパレル小物の輸入販売業を営むA社 代表取締役 B氏

【相談内容】

当社は海外の製造業者から、デザイン性の高いバックパックやカジュアルバッグを定期的に輸入し、自社のオンラインショップで販売しております。今回、輸入したバッグに付されていたロゴマークが、国内の有名ブランドの登録商標に類似しているとして、その商標権者から多額の損害賠償を請求する旨の通知書が届きました。B氏は、海外の業者が製造したものをそのまま輸入しただけであり、悪意はなかったと主張しております。しかし、相手方は商標法に基づき、当社のこれまでの売上高を基準とした高額な賠償を求めています。輸入ビジネスにおける商標権侵害は、知らなかったでは済まされないのでしょうか。また、損害賠償額はどのように決まるのでしょうか。専門的な見地からの詳細な解説を求めています。

このような事例は、輸入ビジネスに従事する全ての方にとって決して他人事ではありません。本日は、輸入トラブルによって裁判まで発展し、損害賠償額の算定が争点となった東京地判令和5年4月27日の事案をご紹介し、実務上の注意点を深く掘り下げていきます。

1 事案の概要:バッグ等の輸入販売と商標権侵害

本件は、海外から輸入されたバッグ類に付された商標が、国内の商標権者が保有する権利を侵害しているとして争われた事案です。

(1)紛争の背景

原告Xは、特定の商標について権利を有する商標権者です。一方、被告Yは、海外からバックパック、肩掛けかばん、ブリーフケース、旅行かばん、カジュアルバッグ等を輸入し、日本国内で販売、あるいは販売のために展示する行為を行っておりました。Xは、Yが取り扱うこれらの商品に付された標章が、自身の登録商標と類似しており、消費者に混同を生じさせるものであるとして、商標権侵害を理由に損害賠償を請求いたしました。

(2)争点となったポイント

本件において、侵害の事実そのものに加え、特に重要となったのは損害額の算定方法です。商標権侵害が発生した場合、その損害を立証することは極めて困難であるため、商標法には損害額を推定する規定が設けられております。被告Yが輸入した侵害品の売上高をどのように特定し、それに対してどのような料率を適用すべきかが、法的な議論の焦点となりました。

2 裁判所の判断:商標法第三十八条に基づく損害額の算定

東京地方裁判所は、商標権侵害における損害賠償の基準について、過去の重要な判例を踏まえた明確な判断を示しました。

(1)商標法第三十八条第三項の趣旨

裁判所はまず、商標法第三十八条の規定について次のように判示いたしました。

「商標法三十八条は、商標権侵害の際に商標権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であり、その損害額は、原則として、侵害品の売上高を基準として、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。」

(商標法第三十八条第三項)

商標権者又は専用使用権者は、故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。

(2)実施に対し受けるべき料率の算定基準

料率の決定にあたっては、以下の四つの視点による総合考慮が必要であるとされました。これは、知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10063号令和元年6月7日特別部判決(大合議判決)の流れを汲むものです。

一 当該商標の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等。

二 当該商標に蓄積された信用や顧客吸引力の程度。

三 当該商標を当該商品に使用した場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様。

四 商標権者と侵害者との競業関係や商標権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情。

(3)証拠に基づく売上高の特定

売上高の算定については、実務的な手法が示されました。

「本件訴訟の審理経過や証拠関係に鑑みると、弁論の全趣旨に照らし、本件における侵害品の売上高は、損益計算書の売上高に、売上高に占める侵害品の割合を乗じて算定することが相当であり、上記売上高に占める侵害品の割合は、被告作成に係る納品書等から算定するのが相当である。」

このように、税務申告等で使用される損益計算書や、実務的な納品書等の裏付け資料が、損害額決定の重要な証拠となることが改めて強調されました。

3 輸入ビジネスにおける知的財産権リスクの体系的理解

輸出や輸入に関しては、通常の国内売買とは異なる法規制が存在します。商標権侵害は、単に民事上の損害賠償に留まらず、輸入実務そのものを停止させる強力な法的効力を持ちます。

【輸入取引における商標権リスクの区分表】

リスクカテゴリー|具体的な内容|根拠となる法令

--------|----------------|------------

水際での差し押さえ|関税局による輸入差し止め。貨物の没収・廃棄。|関税法第六十九条の十一

民事上の責任|差止請求、損害賠償請求、不当利得返還請求。|商標法第三十六条、三十八条

刑事上の責任|十年以下の懲役若しくは一千万円以下の罰金。|商標法第七十八条

社会的信用の失墜|ECプラットフォームのアカウント停止、社名公表。|各プラットフォーム規約

(1)関税法による輸入差し止め

商標権を侵害する物品は、関税法において輸入してはならない貨物として明確に定められています。

(関税法第六十九条の十一第一項第九号)

九 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品

権利者が税関に対して輸入差止申告を行っている場合、貨物は水際で没収され、輸入者は多大な仕入代金の損失を被ることになります。

(2)法の不知は免責されず

輸入者が商標権侵害の事実を知らなかったとしても、過失が認められれば損害賠償責任は免れません。商標法には過失の推定規定があるため、輸入者側が「過失がなかったこと」を立証しなければならないという、極めて重い立証責任を負わされます。

4 商標権侵害額を構成する諸要素の分析

裁判所が損害額を算定する際に考慮する要素を以下の表にまとめました。

【損害賠償額算定における考慮要素一覧】

考慮要素の分類|具体的な検討項目|賠償額への影響

--------|----------------|------------

ブランドの力|登録商標の知名度、宣伝広告費の規模|高いほど料率が上昇

侵害の態様|デッドコピーか、ロゴの一部類似か|悪質性が高いほど上昇

市場での競合|商標権者と輸入者のターゲット層の一致|競合が激しいほど上昇

不当利得の程度|侵害によって得た具体的な利益額|利益が大きいほど上昇

代替品の存在|当該商標がなくても売れた商品の魅力|寄与率として考慮

5 輸入トラブルを回避するための実務的な防御策

輸出や輸入という特別な取り扱いを行っていることを踏まえ、どのようにすればトラブルを回避することができるかを事前に把握した上で対応を行うことが非常に重要です。A社のB氏のような経営者が取り得る具体的な対策を提示いたします。

(一)事前調査の徹底

輸入を検討している商品に付されたロゴや名称について、特許庁のデータベース(J-PlatPat等)を用いて、国内で同一又は類似の商標が登録されていないかを事前に調査することが不可欠です。

(二)製造業者との契約における補償条項

海外の売手との売買契約において、当該商品が第三者の知的財産権を侵害していないことを保証させ、万が一侵害が発覚して日本国内で損害賠償を請求された場合には、その全額を製造業者が負担する旨の補償条項(インデムニティ条項)を設けるべきです。

(三)並行輸入の適法性確認

本物のブランド品であっても、輸入ルートによっては商標権侵害とみなされる場合があります。日本の商標権者と海外の商標権者が同一、あるいは同一視できる関係にあるかといった「並行輸入の三要件」を満たしているかを精査する必要があります。

(四)専門家によるリーガルチェック

自社の輸入フローが適切かどうかを再度確認いただくとともに、必要に応じて弁護士や弁理士にセカンドオピニオンを求めるべきです。特に複数の国が関与する複雑な商流においては、各国の知的財産権の保護状況を把握することが重要です。

6 弁護士への相談をご希望の方へ

当事務所は、代表弁護士が輸出入や通関に関する唯一の国家資格である通関士資格を有しており、輸出・輸入や通関上のトラブルを中心に企業法務を幅広く扱っております。商標権侵害の通知が届いた場合の交渉や、税関での差し止めに対する不服申立てなど、法務と実務の両面から強力なサポートを提供することが可能です。

弁護士でありながら通関実務の深い知見を持つことで、単なる商標法の解釈に留まらず、税関当局がどのような視点で貨物を検査し、どのような証拠書類を重視するかといった実践的なアドバイスを提示することができます。

【当事務所が提供できる主なサポート内容】

一 輸入商品の商標権侵害該当性に関するリーガルアドバイス

二 商標権者からの損害賠償請求に対する交渉および訴訟代理

三 海外売手との売買契約書における知的財産権関連条項の作成・精査

四 税関事後調査への立ち会いおよび当局との法的な交渉

五 不正競争防止法や意匠法等、関連する多角的リスクの診断

7 まとめ:適正な通関と知的財産管理こそがビジネスを安定させる唯一の道

本日は、輸入ビジネスにおける商標権侵害と損害賠償額の算定について、最新の裁判例を交えて解説いたしました。ECサイト等を通じて誰もが輸入者になれる時代だからこそ、その背後にある法的な義務と責任を正確に理解しておく必要があります。

企業としては、輸入する貨物の内容や取引相手に支払う代金のみを気にしておけばよく、それ以外の手続面のことはほとんど気にしていない場合も多いものと思われます。しかしながら、このような姿勢には大きなリスクがあると言わざるを得ません。通関手続きや貨物の運送などの手続き面について、専門家に任せることは非常に有用ですが、企業としてもそれらの点について最低限の知識を持ち、各手続において重要な点については逐一確認をとる等の対応が必要です。

正しい法令知識に基づき、一つひとつの取引を精査すること。その地道な努力が、貴社のグローバルビジネスを安定させ、不測の事態から会社を守ることに繋がります。当事務所は、貴社の良きパートナーとして、その専門性を最大限に発揮して、安定した海外展開をサポートし続けます。

適正な通関こそが、グローバルビジネスを安定させる唯一の道です。

【お問合せは、こちらから】

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執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら

(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定

本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

 

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