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はじめに:なぜ今、輸入取引で経済安全保障が重要なのか?
近年、国際情勢はかつてないほど複雑化し、緊張が高まっています。米中間の技術覇権争いやロシアによるウクライナ侵攻などを背景に、「経済安全保障」という言葉を耳にする機会が格段に増えました。これは、輸出だけの話ではありません。グローバルなサプライチェーンに関わる輸入ビジネスでも、経済制裁や輸入規制の影響を直接受ける場面があります。
「うちは武器や軍事転用可能なものを扱っているわけではないから大丈夫」とお考えかもしれません。しかし、その認識は大きなリスクを伴います。経済制裁の対象は、特定の国や地域だけでなく、関連する個人や団体にまで及び、そのリストは日々更新されています。意図せず制裁対象と取引してしまえば、貨物の差止めや罰則はもちろん、企業の社会的信用に重大な影響を及ぼすおそれがあります。
サプライチェーンの寸断、金融機関からの取引停止、そして何より「知らなかった」では済まされない法令違反のリスク。これらは、もはや他人事ではなく、すべての輸入事業者にとって現実的な経営課題です。近年の輸入・通関に関する法改正の動向も、この流れを加速させています。
この記事では、こうした見えないリスクから貴社のビジネスを守るため、経済安全保障の観点から輸入取引で最低限確認すべき具体的な手順を、4つのステップに分けて専門家の視点から徹底的に解説します。安全な輸入取引を継続するための実務上の確認資料としてご活用ください。
輸入規制の全体像:確認すべき4つのステップ
複雑に見える経済安全保障関連の輸入規制ですが、確認すべきポイントを整理すれば、体系的に理解することが可能です。本記事では、実務的な観点から、以下の4つのステップで確認作業を進めていくことを推奨します。

- Step1: 制裁対象国・地域の確認
まず、取引相手の国や地域、さらには企業や個人が、日本の経済制裁の対象になっていないかを確認します。これが全ての基本となります。 - Step2: 外為法上の規制品目(リスト規制)の確認
次に、輸入しようとする貨物自体が、外国為替及び外国貿易法(外為法)で規制されている品目に該当しないかを確認します。この作業を「該非判定」と呼びます。 - Step3: 米国OFAC規制など海外の規制も確認
日本の法律だけでなく、取引に大きな影響を与えうる米国のOFAC規制など、海外の規制にも目を向ける必要があります。特に米ドルで決済を行う場合は必須の確認項目です。 - Step4: CITESなど外為法以外の主要な輸入規制の確認
最後に、ワシントン条約(CITES)に代表される、外為法以外の輸入禁止・制限品目に関する規制も確認し、多角的なリスク管理を行います。
この4つのステップを順に踏むことで、経済安全保障に関する主要なリスクを網羅的にチェックし、意図せぬ法令違反を防ぐことができます。それでは、各ステップの具体的な内容を見ていきましょう。
Step1:制裁対象国・地域をリストで確認する
最初のステップは、取引の相手方が制裁対象でないかを確認することです。日本の経済制裁は、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づいて実施されており、その対象となる国、地域、個人、団体のリストは財務省のウェブサイトで公表されています。
このリストを確認する際には、以下の点に注意が必要です。
- 対象は国だけではない:制裁対象には、国や地域だけでなく、特定のテロリストや大量破壊兵器関連の計画に関与する個人・団体も含まれます。取引先の企業名や代表者名も確認することが重要です。
- リストは随時更新される:国際情勢の変化に応じて、リストは頻繁に更新されます。取引を開始する前だけでなく、継続的な取引の過程でも定期的に確認する習慣が不可欠です。
- 主要な制裁対象国:特に、ロシアや北朝鮮に対する制裁措置は近年厳格化されています。これらの国に関連する取引を行う場合は、特に慎重な確認が求められます。なお、経済産業省が公表する外国ユーザーリストは制裁対象者リストではありませんが、再輸出や技術提供を伴う取引では、輸出管理上の確認資料として参照する必要があります。
まずはこのリストに取引相手が掲載されていないかを確認することが、安全保障貿易管理の第一歩となります。
Step2:外為法上の規制品目(リスト規制)か確認する
取引相手が制裁対象でないことを確認したら、次に輸入しようとする「貨物」そのものに焦点を当てます。外為法に基づく輸入規制では、輸入貿易管理令や輸入公表等により、輸入承認・輸入割当等が必要となる貨物や地域が定められています。一方、安全保障貿易管理上の「リスト規制」は、主に輸出貨物や提供技術について経済産業大臣の許可を要する制度です。
輸入した貨物を再輸出する場合や、関連技術を外国に提供する場合には、その貨物・技術がリスト規制に該当するか否かを確認する「該非判定」が必要となります。外為法では厳格な手続が求められるため、取引内容に応じて輸入規制と輸出管理の双方を確認する必要があります。
「貨物・技術のマトリクス表」を使った確認手順
該非判定を行う際の有用な参照資料が、経済産業省の安全保障貿易管理ウェブサイトで公開されている「貨物・技術のマトリクス表」です。これは、規制対象となる貨物・技術と、その性能・仕様(スペック)を定めた法令(輸出貿易管理令別表第1、外国為替令別表など)の内容を一覧にしたExcelファイルです。
具体的な確認手順は以下の通りです。
- 最新版のマトリクス表を入手する:経済産業省のウェブサイトから、最新の「貨物等マトリクス表」をダウンロードします。
- 品名を特定し、キーワードで検索する:輸入したい貨物の一般的な名称だけでなく、その機能や材質、関連する技術名など、複数のキーワードでExcelの検索機能(Ctrl+F)を使って検索します。法令用語は一般的な呼称と異なる場合があるため、多角的に検索することが重要です。
- 仕様(スペック)を照合する:検索でヒットした項番があれば、マトリクス表に記載されている規制要件(性能、サイズ、材質などのスペック)と、自社が輸入しようとしている製品の仕様書やカタログスペックを詳細に比較・検討します。
この照合作業の結果、製品のスペックが規制要件を満たす(該当する)場合は、当該貨物を輸出する際に、原則として経済産業大臣の輸出許可が必要となります。より具体的な貨物の該非判定実務については、別の記事でも詳しく解説していますので、そちらもご覧ください。
該非判定で注意すべきポイントとよくある誤解
該非判定を自社で行う際には、いくつかの注意点と、陥りがちな誤解があります。
- 常に最新の法令で確認する:安全保障を巡る国際情勢は常に変化しており、関連法令も頻繁に改正されます。過去に確認したから大丈夫、と考えるのではなく、取引の都度、最新のマトリクス表で確認する意識が重要です。
- メーカー発行の該非判定書を鵜呑みにしない:他社から購入した製品を輸入する場合、その製品のメーカーが発行した該非判定書を入手することがあります。これは重要な参考資料ですが、最終的な該非判定の責任は輸入者自身にあります。内容を鵜呑みにせず、自社でもスペックの照合など再確認を行う責任があります。
- 輸入におけるキャッチオール規制の理解:リスト規制に該当しない貨物であっても、大量破壊兵器などの開発に使われるおそれがある場合などに輸出規制がかかる「キャッチオール規制」という制度があります。これは主に輸出に適用される規制ですが、輸入においても、どのような技術や貨物が国際的に機微(センシティブ)と見なされているかを理解しておくことは、リスク管理の観点から非常に有益です。
Step3:米国OFAC規制など海外の規制も確認する

日本の法律を遵守するだけでは、まだ十分とは言えません。グローバルに事業を展開する上で、特に注意すべきが米国の経済制裁、とりわけ財務省外国資産管理室(OFAC)が所管する「OFAC規制」です。
なぜ日本の輸入企業が米国の規制を確認する必要があるのでしょうか。その理由は、OFAC規制が米国人(米国企業を含む)、米国内の取引、米国金融システムを利用する決済など、米国との接点がある取引に適用され得るためです。また、制裁プログラムによっては、米国との直接の接点がない非米国者にも二次的制裁のリスクが生じる場合があります。
自社の取引がOFAC規制に抵触しないかを確認するためには、OFACが公表している制裁対象者リスト(SDNリスト)をチェックすることが基本となります。OFACのウェブサイトには、無料で利用できる検索ツールが用意されています。
このツールで取引先の企業名や個人名などを検索し、リストに掲載されていないかを確認します。特に米ドル建てで決済を行う取引では、この確認作業は不可欠と言えるでしょう。こうした海外の規制も視野に入れた海外業者との契約書作成が、リスクヘッジの観点から重要となります。
Step4:外為法以外の主要な輸入規制も確認する
経済安全保障という広い視野に立つと、外為法以外にも目を配るべき重要な輸入規制が存在します。特に注意したいのが、絶滅のおそれのある野生動植物の国際的な取引を規制する「ワシントン条約(CITES)」です。
ワシントン条約は、皮革製品(ワニ、ヘビなど)、象牙製品、特定の木材(ローズウッドなど)、漢方薬の原料、ペット用の希少動物など、非常に広範な品目を対象としています。対象品を輸入する場合は、附属書区分や貨物の状態等に応じて、輸出国政府が発行するCITES輸出許可書等のほか、経済産業省の輸入承認、事前確認、通関時確認などの手続が必要となる場合があります。
自社が扱おうとしている製品の原材料に、CITESの対象となる動植物が含まれていないか、経済産業省のウェブサイトで確認することが重要です。
当事務所は、輸入が関税だけの問題ではないことを常々お伝えしています。外為法上の輸入承認、対ロシア・対北朝鮮といった特定の国への制裁、そしてこのCITES対象貨物、さらには水産物や皮革製品などの個別管理まで、確認すべき事項は多岐にわたります。経済産業省の貿易管理ページでも、これらの情報が主要な項目として挙げられていることからも、その重要性がお分かりいただけるでしょう。関係する企業の皆様は、常に最新の情報をタイムリーにチェックする体制を整えることが不可欠です。
このほかにも、水産物や特定の化学物質、電気用品安全法の対象となる製品など、品目によっては個別の法律で輸入が規制されている場合があります。自社が扱う商材に関連する法令には、常に注意を払う必要があります。
まとめ:安全な輸入取引のために専門家への相談も選択肢に
本記事で解説した4つのステップは、経済安全保障の観点から安全な輸入取引を行うための基本的なフレームワークです。
- 制裁対象国・地域・人物でないか
- 外為法のリスト規制品目に該当しないか
- 米国のOFAC規制など海外の規制に抵触しないか
- ワシントン条約など、外為法以外の規制対象でないか
これらの確認作業は、もはや「任意」の取り組みではなく、企業の存続を左右しかねない重要なコンプライアンス活動です。しかし、特に該非判定における法令解釈や、日々更新される海外の制裁リストの確認など、専門的な知識がなければ判断に迷う場面も少なくありません。そのような状況で自己判断を続けることは、意図せぬ法令違反という大きなリスクを抱え込むことになります。
もし少しでも判断に不安を感じる場合は、専門家へ相談することを強くお勧めします。特に、通関士資格を持つ弁護士は、通関実務の視点と法律専門家としての視点の両方を持ち合わせています。複雑な規制内容を正確に読み解き、貴社のビジネスモデルに即した具体的なリスクと対策を提示することが可能です。
問題が発生してから対処するのではなく、問題の発生を予防する社内体制を構築することは、有効なリスク管理の一つです。早期の相談は、貴社のビジネスと信用を守るための有効な選択肢となります。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

