RCEP・TPP11活用時の落とし穴

はじめに:仮の相談者から寄せられた相談事例のご紹介

本日は、輸入実務において劇的なコスト削減を可能にする一方で、一歩間違えれば企業の財務基盤を揺るがすほどの破壊力を持つ「EPA(経済連携協定)の原産性否認リスク」について、その法的構造から実務的な防衛策までを網羅的に解説いたします。RCEP、TPP11、日EU・EPAといった大型の経済連携協定が次々と発効したことで、特恵税率を適用させて輸入コストを削減する企業が急速に増えています。しかし、その恩恵を享受する裏側には、税関による厳しい事後調査のリスクが常に潜んでいることを忘れてはいけません。まずは、当事務所に実際に寄せられる相談内容を模した、以下の架空事例をご覧ください。

【相談者】

神奈川県内で精密電子機器の輸入卸売を行う株式会社A、代表取締役、佐藤氏(仮名)

【相談内容】

「当社は、RCEPを活用してベトナムの製造メーカーB社から電子部品を継続的に輸入しております。現地からは公式な原産地証明書(フォームRCEP)を毎回の輸入時に受け取っており、関税無税で申告してきました。ところが、輸入開始から2年が経過した先日、税関から『検認(Verification)』の通知が届きました。税関がB社に対して原産性を証明する資料の提出を求めたところ、B社は『企業秘密である部品表(BOM)は出せない』と回答を拒否してしまいました。その結果、日本の税関は原産性が確認できないとして、過去2年分の輸入貨物すべてについてEPAの適用を否認し、本来の実行最恵国(MFN)税率との差額である関税三千万円と、消費税、さらに過少申告加算税の納付を命じられました。当社は現地の証明書を信じていただけなのに、なぜこれほどのペナルティを背負わなければならないのでしょうか。法的な救済措置や、今後の対策について切実な相談をさせていただきます」

このような事例は、グローバルなサプライチェーンにおいて原産地の証明が複雑化する中で、日本国内の輸入者が常に晒されている深刻なリスクを象徴しています。本日は、この原産地規則の論理と、事後調査での否認という最悪の事態を防ぐための実務的要諦を解説いたします。

1 EPA特恵税率適用の法的根拠と輸入者の証明責任

EPAに基づく特恵関税の適用は、関税法および各協定の実施に関する法律によって規定されています。特恵税率の適用を受けるためには、その貨物が協定上の「原産品」であることを輸入者が証明しなければなりません。

(関税法第68条 提出書類)

「税関長は、経済連携協定の規定に基づき関税の譲許の便益を受ける貨物について(中略)当該貨物が当該経済連携協定の規定に基づき当該締約国の原産品とされるものであることを確認するために必要な資料の提出を求めることができる。」

この条文が示す通り、税関は輸入者に対し、いつでも原産性の証拠を求める権限を有しています。日本の輸入者は、輸出者が発行した証明書を提出するだけでなく、その内容が正しいことを担保する責任を負います。これを「輸入者の立証責任」と呼びます。佐藤氏の事例のように、輸出者が資料提供を拒否した場合であっても、日本の税関に対する納税義務は輸入者に帰属するため、輸出者の不協力はそのまま輸入者の追徴リスクに直結いたします。さらに、経済連携協定に基づく特恵関税の適用に関する政令等により、原産地を証明する書類の保存義務(通常5年から7年)も厳格に定められています。

2 原産地規則の基礎知識と主要な判定基準の法的要件

原産地規則とは、貨物が特定の国で「生産」されたとみなされるための法的な基準です。大きく分けて以下の三つの類型が存在いたします。

(一)完全生産品(Wholly Obtained Goods)

当該国で完全に獲得、または生産された貨物を指します。例えば、当該国の領土内で採掘された鉱物、収穫された農産物、領海内で漁獲された水産物などがこれに該当いたします。

(二)実質的変更基準(Substantial Transformation Criterion)

二カ国以上にわたって製造が行われる場合、最終的に「実質的な変更」が加えられた国を原産国とする基準です。具体的には以下の二つの手法が用いられます。

一 関税分類変更基準(CTC:Change in Tariff Classification)

使用された非原産材料のHSコードと、完成品のHSコードが、協定で定められたレベル(2桁、4桁、または6桁)で変化していることを求める基準です。

二 付加価値基準(VA:Value Added Content)

完成品の価格のうち、原産国で付加された価値(材料費、労務費、経費等)の割合が一定水準(多くの協定では40パーセント以上)であることを求める基準です。

(三)加工工程基準(Specific Processing Criterion)

特定の化学反応や複雑な組立工程など、あらかじめ協定で定められた特定の加工が行われた場合に原産性を認める基準です。

実務上、製造業において最もトラブルになりやすいのが、佐藤氏の事例でも問題となった「付加価値基準」です。計算方法には、非原産材料の価格を差し引く「控除方式」と、原産材料や経費を積み上げる「積上げ方式」があり、協定ごとに計算式が厳格に定められています。

以下の表に、原産地規則の主要な基準とその特徴を整理いたしました。

┌──────────────────────────────────────┐

│       経済連携協定(EPA)における原産地判定基準の比較表     │

├────────┬─────────────────┬───────────┤

│ 判定基準の名称│    判定の論理と定義     │  実務上の留意事項 │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│完全生産品   │一国のみで採取、生産された物品  │原材料まで遡る証明が必要│

│(WO)    │                 │           │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│関税分類変更基準│加工によりHSコードが変化    │全材料のHSコード特定│

│(CTC)   │(2桁・4桁・6桁の変更)    │が必須となる     │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│付加価値基準  │域内の付加価値額が一定比率以上  │為替や原材料価格の変動│

│(VA)    │(通常FOB価格の40%以上等) │によるリスクがある  │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│加工工程基準  │特定の化学反応や高度な加工工程  │製造工程の詳細な記録と│

│(SP)    │が原産国内で行われたこと     │図面が必要となる   │

└────────┴─────────────────┴───────────┘

3 検認(Verification)の実務フローと否認の法的プロセス

EPA実務において、輸入許可はあくまで「仮の通過点」に過ぎません。真の試練は、輸入から数年経って実施される「検認」です。これは、日本の税関が輸出国の当局や輸出者に対し、原産性の正当性を直接照会する手続きです。

(一)検認の種類

一 直接検認:日本の税関が、直接海外の輸出者や生産者に質問状を送り、回答を求める形式。

二 間接検認:日本の税関が、輸出国の税関等の当局を通じて調査を依頼する形式。

(二)否認の論理

税関からの照会に対して、以下の事態が発生した場合、特恵税率の適用は遡及的に否認されます。

一 輸出者または生産者が期限内に回答しなかった場合。

二 回答内容が不十分で、原産地規則を満たしていることが確認できない場合。

三 提出された資料に虚偽があることが判明した場合。

佐藤氏の事例では、輸出者による回答拒否が「一」に該当し、自動的に否認処分が下されました。否認が確定すると、関税法第14条に基づき、法定納期限から5年を経過するまで税額の更正が可能です。また、過少申告加算税(10パーセントから15パーセント)に加え、延滞税も重くのしかかります。

以下の表に、検認において税関から提出を求められる主要な資料をまとめました。

┌──────────────────────────────────────┐

│       検認(原産地調査)において必要となる証拠資料一覧表      │

├────────┬─────────────────┬───────────┤

│  書類の名称 │    証明すべき具体的内容   │   保存のポイント │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│部品構成表   │全原材料の名称、原産地、価格、  │最新の製造実態を反映し│

│(BOM)   │および個々のHSコード      │ていること      │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│製造工程図   │原材料から完成品に至るまでの   │加工地が原産国内である│

│(フロー図)  │具体的な加工プロセスの詳細    │ことを証明する    │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│原価計算書   │付加価値基準を計算するための   │客観的な会計帳簿と整合│

│(コスト表)  │材料費、労務費、経費の内訳    │していること     │

├────────┼─────────────────┼───────────┤

│直接運送の証拠 │積替えがある場合、第三国で    │通し船荷証券(TBL)│

│(BL等)   │非加工であることの証明書類    │を常に確保する    │

└────────┴─────────────────┴───────────┘

4 自己申告制度(自己証明)における輸入者の重い責任

近年の主要な協定(TPP11、日EU・EPA、RCEPの一部等)では、商工会議所などの第三者機関が発行する証明書ではなく、輸入者や輸出者が自ら作成する「原産地申告書」で足りる「自己申告制度」が採用されています。これは手続きの簡素化を目的としていますが、法的なリスクの所在を劇的に変化させました。

(一)申告責任の転換

自己申告制度においては、輸入者が「私はこの貨物が原産品であることを確認しました」と宣言して申告を行うため、税関からの疑義に対して、輸入者自身がその根拠を提示しなければなりません。輸出者が発行した書類を単に右から左へ流すだけでは、輸入者の注意義務を果たしたとはみなされません。

(二)「知らない」が通用しない法的現実

輸入者は、輸出者との間で、事前に原産性を確認するための情報のやり取りを行っておくことが法的に求められます。「輸出者が正しいと言ったから」という抗弁は、過少申告加算税を免れるための「正当な理由」には該当しないとするのが、これまでの裁判例や行政不服審査の確立した見解です。

(三)累積規定(Cumulation)の活用と注意

累積規定とは、相手国での製造に使用された日本産の材料や、域内他国の原産材料を、自国の材料とみなして計算できる救済措置です。しかし、これを利用する場合、それらの材料が本当に日本産または域内産であることを証明する「サプライヤー証明書」の入手が不可欠であり、管理の難易度はさらに高まります。

5 サプライヤーとの国際契約における関税補償条項の戦略的意義

佐藤氏の事例で最も悔やまれるのは、輸出者との売買契約において、原産地証明の不備に伴う損害を補償させる条項が欠落していたことです。当事務所では、輸入者がサプライヤーに対して以下の義務を負わせる契約スキームを提案しております。

一 原産地規則の遵守および正確な資料提供の義務化。輸出者は、日本税関による照会に対し、合理的期間内に正確な証拠資料を提出することを確約しなければなりません。

二 税関による検認が発生した際の全面的な協力義務。輸出者は、機密情報を理由に回答を拒否してはならず、必要であれば税関への直接提出等の手段を講じなければなりません。

三 原産性が否認され、輸入者が追徴課税や加算税を課された場合、輸出者がその損害の全額(関税差額、消費税、加算税、延滞税、および弁護士費用等)を輸入者に補償する旨のインデムニティ条項の導入。

このような条項があることで、サプライヤーに対して適正な管理を強いることができ、万が一の際の経済的損失を相手方に法的に転嫁することが可能となります。

6 専門家(弁護士・通関士)による高度なリーガルサポートの必要性

EPAの活用は、単なる貿易実務ではなく、関税法、各国協定、会計、そして製造実務が交差する「高度な法務ガバナンス」の領域です。輸入者が独力で、あるいは通関業者に「丸投げ」の状態で進めることには、法的な死角が多すぎます。当事務所は、代表弁護士が輸出入に関する唯一の国家資格である通関士資格を保有しており、法務と物流実務の双方から貴社を強力に守ります。

【当事務所が提供できる具体的なEPA支援内容】

一 貴社のサプライチェーンに基づく「最適EPA活用戦略」の策定。どの協定のどの基準(CTCかVAか)を適用するのが最も安全かつ有利かを法的に判定いたします。

二 輸出者が作成した原産地証明根拠資料のリーガルチェック。提出されたBOMや工程図が、日本の税関の「検認耐性」を備えているかを事前に検証いたします。

三 税関事後調査や検認に対する、論理的な主張書面の作成および交渉代理。税関の指摘に対して、協定の解釈に基づいた有効な反論を行い、不当な否認を防ぎます。

四 不当な否認処分に対する「再調査の請求」および「審査請求」の手続代理。行政不服審査法に基づき、税関長や財務大臣に対して処分の取り消しを求めます。

五 国際間売買契約における「関税リスク分配条項」の起案および交渉サポート。海外サプライヤーとの間で、貴社に有利な補償条項を導入するための支援を行います。

六 包括的な事前教示の申請および税関当局との窓口折衝。原産地の判断が複雑な場合に、あらかじめ税関から公式な文書回答を得ておくことで、将来の追徴リスクをゼロにいたします。

7 まとめ

本日は、輸入ビジネスの利益を左右するEPA活用の恩恵と、その裏に潜む原産地否認の法的リスクについて解説いたしました。株式会社Aの佐藤氏のようなケースであっても、当初から契約書に補償条項を盛り込み、B社の原産性管理体制を事前にリーガルチェックしていれば、三千万円という巨額の追徴金を自社で負担する事態は回避できたはずです。

企業にとって、EPAは「攻め」のツールであると同時に、慎重な「守り」の体制が求められる両刃の剣です。証明書の存在を盲信するのではなく、その背後にある「原産性の真実」を法的に担保し続ける姿勢を持ってください。インボイスの数字だけを信じるのではなく、その根拠となる契約、工程、原価のすべてを俯瞰する視点こそが、真の輸入コンプライアンスです。

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執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら

(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定

本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

 

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