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1.労働災害(以下、「労災」といいます。)が発生した場合、被災者である従業員から企業に対して、損害賠償請求がされる可能性があります
労災が発生した場合、被災者である従業員には労災保険から保険給付(療養補償給付や休業補償給付等)がなされるので、企業としては、特段損害賠償等を支払う必要が生じることはない、と誤解されている方がいらっしゃいます。
しかし、労災保険から被災者である従業員に対して保険給付の支払いがあった場合でも、従業員の企業に対する慰謝料等の請求は全くの別問題となる、という点は結論としてご認識いただく必要があります。
確かに、企業には何らの落ち度のない不可抗力ともいうべき労災の場合には、この点は問題となることは少ないでしょうが、企業に落ち度がある労災の場合は、従業員から慰謝料等を請求される可能性は十分考えられます。
したがいまして、労災が発生した場合には、企業としては上記の可能性を踏まえ、対応をしていく必要があります。
2.従業員から企業に対して損害賠償請求がなされた場合、企業側が主張を検討すべき点について
(1)従業員側にも落ち度がある場合、企業側は過失相殺の主張が可能です。
過失相殺とは、従業員側の落ち度と企業側の落ち度がともに労災の原因の一部となっている場合に、企業は、損害の全部ではなく、企業側の落ち度と言える範囲でのみ賠償を行えばよいとする考え方です。そのため企業としては、過失相殺の主張を検討することで、従業員からの損害賠償請求額を一定程度下げることができる可能性があります。
(2)そもそも、企業に義務違反があったかどうかを検討することも必要です。
労災保険の給付の有無にかかわらず、企業は、企業側に注意義務違反や安全配慮義務違反等がない場合、損害賠償責任を負いません。そのため、企業として、そもそも労災発生について義務違反があったかどうかを検討することが必要です。
3.労災に関連して、企業が特に注意すべき事項
以下では、労災に関連して、企業が特に注意すべき事項について、ご紹介します。
- 労災の治療のために従業員が休業している期間中は、企業は当該従業員を解雇することが法律上制限されます。具体的には、労災による治療により従業員が休業している期間中及びその期間終了後30日間は、例外的な場合を除いて解雇が禁止されています(労働基準法第19条)。
- 労災発生について企業側に落ち度がある場合、従業員の休業期間中の給与の4割分を企業が負担する必要があります。なぜなら、労災保険による休業補償給付は、従業員の給与の約6割相当額しか支給されません。そのため、企業側に落ち度がある労災の場合は、企業が残りの4割分を負担することが必要になるのです。
- 死亡事故等の重大な事故が発生した場合、事業主や、工場長、現場の責任者等に刑事罰が科されることがあります。例えば、労働安全衛生法は、労働者の危険を防止するために事業主が必要な措置をとらなければならないことを規定されており、これに違反した場合には事業者に6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されます。他にも、業務上過失致傷罪や業務上過失致死罪等の罪に問われる可能性もあります。
- この他にも、労災が発生した場合、企業のレピュテーションに大きな悪影響が生じる可能性があることや、国や自治体からの入札に参加している企業では、重大な労災事故が発生すると、指名停止処分を受ける可能性がある等、企業が注意すべき事項はあります。
4.労災の事例
以下では、労災として近年認定された事例をいくつかご紹介いたします。
- テレビ局のスタジオ内において、撮影作業中に作業者がガス中毒となった事例
- トンネルのコンクリート舗装作業中に、作業者が一酸化炭素中毒となり入院した事例
- タンクの内壁を清掃中に、作業者が、タンク内部に残留していたジクロロメタン中毒により死亡した事例
- 4階建の建物の窓の外側を清掃中、作業者が、乗っていた脚立が庇から転落して死亡した事例
- 研究施設で材料の開発実験中に爆発し、作業者が、手指を負傷した事例
- タイヤの成型作業中に、作業者が、成型機ドラムとガイドとにはさまれ死亡した事例
- 厨房でフライヤーの揚げカスを取り除く作業中に、作業者が、飛散した油でやけどをした事例
- 焼肉店で客待ちの間に、炭火による一酸化炭素が発生し、作業者に中毒症状が発生した事例
- 有機溶剤を使用する作業に従事していた作業者が、肝機能障害となった事例
- ダイカストマシンに金型取付け作業中、爆発が発生して作業者が火傷で死亡した事例