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0 はじめに:具体的な相談事例
【相談者】
愛知県内に本社を置く自動車部品メーカー、株式会社α、海外営業部の担当者の方
【相談内容】
「当社は今般、東南アジアの新規顧客に対し、製造機械のスペアパーツを輸出することになりました。取引条件は顧客からの強い要望により、インコタームズ2020に基づくEXW(工場渡)条件を採用することで合意しました。契約では、当社の工場の軒先で貨物を引き渡すことになっております。しかし、引き取り当日、買主が手配したトラックの運転手から「積み込み作業のためのフォークリフト操作と積み込み自体も売主側で行ってほしい」と要求されました。また、貨物を積み込む際に万が一破損した場合、どちらが責任を負うのかという点でも意見が対立しております。さらに、買主側から「輸出通関のための書類作成が不慣れなので、実質的にすべての手続きを代行してほしい」との依頼も受けております。EXW条件において、当社はどこまで法的義務を負うのでしょうか。また、このようなトラブルを避けるための法的な留意点を教えてください。」
国際取引において、物品の引渡し場所や費用負担、そして危険(リスク)の移転時期を明確にすることは、紛争を予防する上で極めて重要です。その指針として世界的に利用されているのが、国際商業会議所(ICC)が策定したインコタームズ(国際貿易条件規則)です。
インコタームズは、それ自体が法律や条約ではありません。あくまで当事者間の合意によって契約に取り込まれる「商慣習の定型化」です。したがって、日本法が適用される契約においてインコタームズを採用する場合、民法などの国内法とどのように調整されるのかを理解しておく必要があります。
1 EXW(工場渡)条件の基本的定義と売主の義務
EXW(Ex Works)は、売主にとって最も負担が少ない条件とされております。日本語では工場渡条件と訳されます。
(1)引渡しの義務と場所
EXW条件において、売主の最大の義務は、自己の施設(工場や倉庫など)またはその他の指定場所において、物品を買主の処分に委ねることにあります。
売主は、合意した期日までに物品を準備し、買主がいつでも引き取れる状態にして通知を行うことで、引渡し義務を履行したことになります。
(2)積み込み義務の不存在
ここが実務上、最もトラブルになりやすい点です。インコタームズ2020の規定によれば、EXW条件において、売主は物品を受取り用の車両に積み込む義務を負いません。
もし株式会社αの担当者が、サービスの一環として買主のトラックに荷物を積み込み、その最中にフォークリフトで貨物を破損させた場合、その損害は原則として売主側の過失責任として問われる可能性があります。
(3)危険の移転時期
物品の滅失や損傷のリスクが売主から買主へ移転するタイミングは、指定された引渡場所で買主の処分に委ねられた時点です。引渡しが完了した後は、たとえ物品がまだ売主の敷地内にあったとしても、その後のリスクは買主が負担することになります。
2 輸出通関と他法令に関する法的な注意点
EXW条件のもう一つの大きな特徴は、輸出通関の責任にあります。
(1)輸出通関の義務
原則として、EXW条件では買主が輸出通関手続きを行う責任を負います。売主は、買主の要請がある場合に、買主の費用とリスクにおいて、輸出許可の取得に必要な協力(情報の提供など)を行う義務を負うにとどまります。
(2)輸出管理と外為法の責任
日本から貨物を輸出する場合、外国為替及び外国貿易法(外為法)および関係法令の遵守が求められます。たとえEXW条件であっても、売主(輸出者)は戦略物資の無許可輸出を防ぐ責任を完全に免れるわけではありません。
もし買主が不正な輸出を行った場合、実質的な輸出者として売主が行政罰や刑事罰の対象となるリスクも否定できません。そのため、輸出管理の観点からは、売主が輸出者として通関手続きを管理しやすいFCA(運送人渡)条件などを検討することが、法務リスクの管理としては適切である場合が多いといえます。
3 EXW条件における費用負担の範囲
インコタームズでは、どちらの当事者がどの費用を負担するかが明確に定められております。
以下の表は、EXW条件における主な費用分担をまとめたものです。
|費用の項目|売主の負担|買主の負担|
|物品の包装・梱包費用|負担する(輸出に適した包装)|負担しない|
|指定引渡場所までの費用|負担する|負担しない|
|車両への積み込み費用|負担しない|負担する|
|輸出通関手数料・免許費用|負担しない|負担する|
|船積み・航空機積込み費用|負担しない|負担する|
|国際運送賃(フレイト)|負担しない|負担する|
|海上保険料|負担しない|負担する|
|輸入関税・消費税|負担しない|負担する|
売主は、物品を点検し、適切に包装するまでの費用は負担しますが、それ以降に発生する一切の費用は買主の負担となります。実務上、売主が良かれと思って積み込みを手伝ったり、通関書類を作成したりする場合、それらの費用を別途請求できるかどうかをあらかじめ契約書で合意しておかなければ、支払いを巡る紛争の原因となります。
4 EXWからFCAへの切替検討
相談事例の株式会社αのように、積み込み作業や通関手続きでトラブルが予想される場合、実務的にはFCA(運送人渡)条件への変更が推奨されます。
FCA条件とEXW条件の主な相違点を以下の表で比較します。
|比較項目|EXW(工場渡)|FCA(運送人渡)|
|積込み義務|売主に義務なし|売主の施設なら売主に義務あり|
|輸出通関義務|買主が負担する|売主が負担する|
|リスク移転の時期|売主の施設で処分に委ねた時|運送人の車両に積み込んだ時|
|実務上の推奨|買主が現地に精通している場合|一般的な製造業の輸出取引|
FCA条件であれば、売主が自ら輸出通関手続きを行い、自己の責任でトラックに積み込むことが明確化されます。これにより、責任の所在が曖昧なまま作業を行い、後で損害賠償を請求されるといったリスクを法的にコントロールすることが可能となります。
5 契約書におけるインコタームズの記載方法
インコタームズを採用する際には、単にEXWと記載するだけでは不十分です。どのバージョンの規則を適用するのか、そして引渡場所はどこなのかを正確に指定する必要があります。
(1)記載例
「EXW Nagoya Factory, Japan (Incoterms 2020)」
(2)法的な補足の重要性
インコタームズは万能ではありません。例えば、所有権(Property)がいつ移転するかについては規定がありません。日本の民法第百七十六条では、原則として当事者の意思表示のみによって所有権が移転するとされておりますが、貿易実務では「代金の完済時」や「船荷証券の交付時」など、所有権移転のタイミングを別途契約書で明記することが一般的です。
6 トラブル発生時における弁護士の役割と介入のメリット
国際貿易における条件交渉や紛争解決には、単なる語学力だけでなく、深い法的知見と実務経験が不可欠です。
(1)契約書のリーガルチェック
インコタームズの各条件が、貴社の実際のオペレーションと矛盾していないかを精査いたします。特に、積み込み作業の実態や、輸出管理上の法的責任を考慮した条件設定を提案いたします。
(2)損害賠償請求への対応
貨物の破損や納期の遅延が発生した際、インコタームズの規定に基づき、どの時点で危険が移転していたのかを法的に判定いたします。これにより、不当な損害賠償請求を退け、あるいは適切な求償権の行使をサポートいたします。
(3)国際私法および条約の適用判断
取引相手国が「国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)」の締結国である場合、同条約の規定がインコタームズや国内法に優先して適用される場面があります。弁護士は、これらの重層的な法的枠組みを整理し、貴社の利益を最大化するための論理を構築いたします。
7 株式会社αへの具体的なアドバイス
相談事例のケースにおいて、アルファ社の担当者が取るべき対応は以下の通りです。
①積み込み作業の条件明確化
現行のEXW条件のまま進めるのであれば、積み込み作業は買主の責任であることを改めて通知してください。もし当社で作業を代行する場合は、作業中の事故に関する免責条項や、作業実費の請求について書面で合意を取り付けるべきです。
②輸出者としての責任の再確認
通関手続きの代行を依頼された場合、単なる事務代行にとどまるのか、それとも実質的な輸出者としてすべての法的責任を負うのかを明確にする必要があります。外為法上の輸出管理責任は免れないため、安易な引き受けは禁物です。
③条件変更の交渉
今後は、実務の実態に合わせてFCA条件への変更を検討することをお勧めいたします。これにより、積み込みと通関という二大トラブル要因を、法的に整理された形で管理できるようになります。
8 まとめ:安全な貿易取引のための法的基盤
インコタームズは便利なツールですが、その一言一句には重い法的な意味が込められております。特にEXW条件は、売主にとって最小限の義務である反面、現代の複雑な輸出管理や物流実務においては、かえって予期せぬリスクを招くことも少なくありません。
以下の表は、EXW条件を採用する際の最終チェックリストです。
|チェック項目|確認すべき内容|
|引渡場所の詳細|工場内のどの地点で引き渡すか明確か|
|積込み作業の主導権|買主の手配した運送人が作業を行う認識か|
|輸出通関の実行者|誰が税関への申告責任を負うのか|
|危険移転の通知|引渡し準備完了の通知方法は合意しているか|
|準拠法と管轄|紛争時にどこの国の法律で解決するか|
国際ビジネスの現場では、スピードが重視されるあまり、法的な確認が後回しにされがちです。しかし、一度トラブルが発生すれば、その解決には多大な時間と費用を要することになります。
9 弁護士へのご相談をご希望の方へ
当事務所では、代表弁護士が輸出入や通関に関する国家資格である通関士資格を保有しております。インコタームズの理論的な解釈はもちろん、税関実務や物流現場の実態に即した、実効性の高いリーガルサービスを提供できることが当事務所の強みです。
EXW条件を巡る解釈の争いや、契約書の作成、輸出管理体制の構築、さらには万が一の国際訴訟・仲裁への対応まで、幅広くサポートいたします。
輸出入や通関に関するトラブル、取引条件の選定でお悩みの場合には、ご遠慮なく当事務所までご相談ください。
【お問合せは、こちらから】
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執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

