リスティング広告で競合他社名をキーワード登録した事例

1 相談内容

BtoBサービスを提供する会社のマーケティング担当者から、リスティング広告の運用について相談を受けた事例です。

同社では、検索連動型広告の運用において、競合会社であるH社の社名やサービス名をキーワードとして登録し、入札していました。H社のサービス名で検索したユーザーに自社広告を表示し、比較検討の候補に入れてもらうためです。

ところが、H社の代理人弁護士から内容証明郵便が届きました。そこには、「当社の登録商標を無断で使用しており、商標権侵害に当たる。直ちにキーワード登録を削除し、損害賠償を支払え」と記載されていました。

項目内容
相談者BtoBサービス提供会社のマーケティング担当者
問題となった広告Google広告等の検索連動型広告
登録したキーワード競合H社の社名・サービス名
相手方の主張商標権侵害、キーワード削除、損害賠償
相談者の認識競合名への入札はマーケティング上よくある手法
主な論点キーワード登録が商標法上の「使用」に当たるか

2 法的見解:キーワード登録だけなら、商標権侵害とはいえない可能性が高い

結論からいうと、競合他社の社名やサービス名を、リスティング広告の管理画面上でキーワードとして登録する行為だけで、直ちに商標権侵害が成立する可能性は高くありません。

検索連動型広告に関する裁判例では、他社の商標をキーワードとして検索した検索結果ページに広告を掲載する行為について、商標法上の「標章の使用」に該当すると認めることは難しいと判断された例があります。

その理由は、キーワード登録は広告配信の条件設定にすぎず、通常、ユーザーの画面上に他社商標が表示されるわけではないからです。商標法上問題となるのは、商標が商品・サービスの出所を示す表示として使用され、需要者に混同を生じさせるような場合です。

行為商標権侵害リスク
管理画面で競合名をキーワード登録するだけ原則として低い
競合名で検索したユーザーに自社広告を表示する広告内容次第
広告文に競合名を表示する高い
「公式」「提携」「認定」などと誤認させる非常に高い
リンク先ページで競合名を比較・批判的に使用する内容次第で商標法・不正競争防止法・景表法リスク
競合ロゴを無断使用する高い

そのため、本件でG社が行っていた「H社名をキーワードとして登録し、検索時にG社広告を表示させる」という行為だけをもって、H社の削除請求や損害賠償請求が当然に認められるとはいえません。

3 注意すべきは「広告文」と「リンク先ページ」

もっとも、キーワード登録が比較的安全だからといって、リスティング広告全体が無条件に安全というわけではありません。

実務上、最も問題になりやすいのは、検索結果画面に表示される広告文のタイトルや説明文です。他社商標を検索キーワードとして設定する行為自体は原則として商標権侵害には当たらないと解される一方で、広告文やリンク先ページで他社を装う表示、公式・正規・認定・提携などと誤認させる表示を行うことがリスクの核心とされています。

たとえば、次のような広告文は危険です。

危険な広告文問題点
H社公式パートナーはこちら提携・公式関係があるように誤認させる
H社より高機能なG社サービス他社商標を広告文で使用し、比較広告リスクもある
H社からの乗り換えならG社他社商標を誘引目的で使用している
H社導入をご検討の方へH社名を広告文で使用して集客している
H社代替サービスならG社比較・代替表示として商標・不競法・景表法上の検討が必要

一方で、次のような広告文であれば、H社名が表示されていないため、商標権侵害リスクは相対的に低くなります。

比較的安全な広告文留意点
BtoB業務管理ツールならG社他社名を出していない
業務効率化を支援するクラウドサービス一般的なサービス説明
導入実績多数の法人向けSaaS根拠資料は必要
無料トライアル受付中表示内容の正確性に注意

本件では、広告文を確認したところ、タイトル・説明文にはH社名やH社サービス名は含まれていませんでした。リンク先ページにもH社名、H社ロゴ、H社サービスとの比較表は掲載されていませんでした。そのため、少なくとも商標権侵害として損害賠償義務を負うリスクは高くないと判断しました。

4 自動挿入機能・動的広告には注意

G社では明示的にH社名を広告文に入れていませんでしたが、リスティング広告では、意図しない表示が発生することがあります。

特に注意すべきなのは、次のような機能です。

機能・設定リスク
キーワード挿入機能検索語句や登録キーワードが広告文に自動挿入されることがある
動的検索広告サイト内容に基づき広告見出しが自動生成されることがある
部分一致想定外の競合名・関連語句で広告が表示されることがある
自動作成アセット広告文が自動生成・補完されることがある
LP内比較ページ広告文に出なくてもリンク先で他社商標を使っている場合がある

リスティング広告では、部分一致の設定により、意図せず競合他社の商品名・サービス名で広告が表示される場合があります。

そのため、G社には、H社名やH社サービス名を広告文に表示させないだけでなく、自動挿入機能や動的広告の設定を確認し、必要に応じてH社名を除外キーワードや広告文禁止語として管理するよう助言しました。

5 H社への回答方針

H社代理人からの内容証明を無視することは避けるべきです。法的に反論可能な場合でも、無視すれば、相手方が広告プラットフォームに通報したり、SNSや業界内で問題化したり、訴訟前提の対応に進んだりする可能性があります。

そこで、G社には、弁護士名で次の趣旨の回答書を送付しました。

当社は、貴社商標を広告文、広告見出し、説明文またはリンク先ページにおいて、出所表示として使用しておりません。

検索連動型広告におけるキーワード設定は、広告配信条件の設定にすぎず、需要者に対して貴社商標を表示するものではありません。そのため、当該キーワード設定自体が商標法上の商標の使用に該当し、商標権侵害を構成するとの貴社主張には理由がないものと考えます。

また、当社広告は、貴社または貴社サービスと当社との間に、提携、代理、認定、公式関係その他の営業上の関係があるかのような表示をしておらず、出所の混同を生じさせるものではありません。

したがって、当社は、貴社のキーワード削除請求および損害賠償請求には応じかねます。

回答書では、必要以上に挑発的な表現は避けつつ、次の点を明確にしました。

  • キーワード登録自体は商標的使用ではないこと
  • 広告文にH社商標を表示していないこと
  • 出所混同を生じさせる表示はないこと
  • 損害賠償請求には応じられないこと
  • 今後も広告文にH社商標を使用しないよう管理すること

このように回答した結果、H社側は、法的請求としての追及を継続することは困難と判断し、損害賠償請求を取り下げました。

6 ただし、ビジネス上は「勝てばよい」とは限らない

法的には反論可能であっても、競合名への入札を続けることがビジネス上合理的かは別問題です。

G社がH社名に入札し続ければ、H社も対抗してG社名に入札する可能性があります。すると、両社のブランド名検索で広告枠の競争が発生し、クリック単価が上昇します。結果として、互いに本来安く獲得できた見込み顧客に高い広告費を支払うことになり、消耗戦になりがちです。

継続した場合のリスク内容
CPC高騰競合入札によりクリック単価が上がる
広告費の消耗比較検討層の奪い合いで費用対効果が悪化
相互報復H社もG社名に入札する
営業関係悪化業界団体、代理店、共通顧客との関係に影響
法務コスト警告書対応、プラットフォーム対応、訴訟リスク
ブランド毀損「競合に便乗している」と見られる可能性

広告運用の世界では、競合名入札は珍しい手法ではありません。しかし、BtoBサービスでは市場が狭く、顧客、代理店、業界団体、展示会などで競合と接点を持つことも多いため、法的に可能でも、長期的には得策でない場合があります。

7 紳士協定という解決策

最終的に、G社とH社は、弁護士を通じて次のような合意をしました。

合意内容目的
相互に相手方社名・サービス名を入札対象にしない広告費の消耗戦を避ける
相手方商標を広告文に使用しない商標・混同リスクを避ける
相手方名を除外キーワードに設定する意図しない表示を防ぐ
違反を発見した場合は、まず相手に通知するいきなり通報・訴訟に進まない
一定期間内に修正対応する運用ミスに対応する余地を残す

このような合意は、法的義務として当然に求められるものではありません。しかし、両社が広告費を無駄に消耗しないための実務的な解決策として有効です。

8 社内広告運用ルールの整備

G社には、今後のトラブルを避けるため、リスティング広告運用ルールを整備してもらいました。

チェック項目内容
競合名キーワード入札の可否を事前承認制にする
広告文他社商標・サービス名を原則使用禁止にする
比較広告法務確認なしに出稿しない
動的広告自動挿入・自動生成設定を確認する
除外キーワード競合名・誤認を招く語句を管理する
LP確認リンク先ページで他社商標を使っていないか確認する
証跡保存広告文、配信設定、変更履歴を保存する
警告書対応受領後すぐに法務・弁護士へ共有する

特に、広告文で他社商標を使用する場合には、商標権だけでなく、不正競争防止法、景品表示法、比較広告ガイドライン、プラットフォーム規約の確認が必要です。

9 解決結果

本件では、G社の広告文・リンク先ページにH社名は表示されておらず、管理画面上のキーワード登録にとどまっていました。そのため、H社からの商標権侵害・損害賠償請求には応じない方針を取りました。

一方で、今後の相互入札による広告費高騰を避けるため、G社とH社は協議のうえ、互いの社名・サービス名を入札対象にしない運用に切り替えました。

対応結果
広告文の確認H社名の表示なし
リンク先ページの確認H社名・比較表・ロゴ表示なし
弁護士名で回答商標権侵害・損害賠償請求を否定
H社の請求実質的に取り下げ
今後の運用相互に競合名入札を停止
社内ルール競合名入札・広告文チェックを制度化

10 弁護士のコメント

リスティング広告で競合他社の社名やサービス名をキーワード登録することは、マーケティング実務では珍しくありません。法的にも、キーワード登録だけで直ちに商標権侵害になるとは限りません。

しかし、広告文やリンク先ページに他社商標を表示する場合は、話が大きく変わります。特に、「公式」「認定」「提携」「乗り換え」「比較」「代替」などの表現と他社商標が組み合わさると、商標権侵害、不正競争防止法違反、景品表示法上の誤認表示が問題になる可能性があります。

また、法的に勝てるとしても、競合入札は広告費の消耗戦になりやすい手法です。BtoBサービスでは、単に「違法ではないか」だけでなく、顧客獲得単価、ブランドイメージ、業界内の関係性、将来の提携可能性まで含めて判断する必要があります。

実務上は、次の整理が有効です。

  • 競合名をキーワード登録するだけなら、商標権侵害リスクは比較的低い
  • 広告文・見出し・説明文に競合名を出す場合は、法務確認が必要
  • 動的検索広告や自動挿入機能で意図せず競合名が表示されないようにする
  • 比較広告を行う場合は、根拠資料、公正な比較方法、誤認防止表示を準備する
  • 警告書を受けた場合は無視せず、広告設定を確認したうえで回答する
  • 必要に応じて、競合との相互不入札の合意も検討する

「広告管理画面の中だけの設定」と「ユーザーに見える広告表示」は、法的評価が大きく異なります。この違いを理解して運用することが、リスティング広告の商標トラブルを避ける基本です。

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