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はじめに:仮の相談者から寄せられた相談事例のご紹介
本日は、輸入ビジネスにおいて関税法や知的財産権と並んで細心の注意を払わなければならない絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、通称ワシントン条約(CITES)を巡るトラブルについて解説いたします。この条約は、生きている動植物のみならず、それらを使用したバッグ、時計のベルト、楽器、家具、さらには漢方薬や化粧品といった加工品までを広範囲に規制しており、輸入者が該当性を認識せずに輸入しようとして水際で差し止められる事例が後を絶ちません。まずは、当事務所に実際に寄せられる相談内容を模した、以下の架空事例をご覧ください。
【相談者】
静岡県内でヴィンテージ楽器および海外製高級家具の輸入販売を行う株式会社M、代表取締役、T氏(仮名)
【相談内容】
「当社は、長年米国や欧州から希少な木材を使用した楽器や家具を輸入しております。先日、ブラジル産のローズウッド(ブラジリアン・ローズウッド)を使用した1960年代製のヴィンテージギター五本を、現地のコレクターから買い付け、日本へ輸入いたしました。輸出者からは『古いものだから問題ない』と言われており、私も条約のことは知っていましたが、アンティーク品であれば規制対象外だと思い込んでいました。ところが、成田空港の税関より、当該貨物がワシントン条約附属書Iに該当する物品であるとして、輸入が差し止められました。経済産業省による輸入承認を受けていないため、このままでは貨物の没収、廃棄は免れず、さらには無許可輸入として刑事罰の対象になると警告されています。当社は悪意があったわけではなく、単に知識が不足していただけです。どのように対応すれば貨物を取り戻せるのでしょうか。また、刑事告発を避けるために法的にどのような主張が可能でしょうか」
このような事例は、ワシントン条約の仕組みと日本の国内法である外国為替及び外国貿易法(外為法)や関税法の連携を正しく理解していない場合に発生する典型的なトラブルです。T氏の事例が示す通り、たとえアンティーク品であっても、その証明が法的な要件を満たしていなければ、税関は輸入を許可いたしません。本日は、ワシントン条約の法的構造と、輸入者が負うべき厳格な義務について、関係法令を引用しながら解説いたします。
1 ワシントン条約の法的構造と附属書による規制区分
ワシントン条約は、絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引を規制することで、それらの種の生存を保護することを目的とした国際条約です。日本では、この条約を遵守するために、外為法に基づく輸入割当制や輸入承認制を実施しています。条約では、規制の厳しさに応じて動植物を三つの附属書に分類しており、それぞれ輸入手続が決定的に異なります。
(一)附属書I(絶滅のおそれのある種で取引により影響を受けているもの)
最も厳しい規制が敷かれている区分であり、商業目的の取引は原則として禁止されています。パンダ、トラ、象牙、一部の希少なサボテンや、T氏の事例にあるブラジリアン・ローズウッドなどが該当いたします。学術研究目的等で例外的に輸入する場合でも、輸出国政府の発行する輸出許可書(Export Permit)に加え、日本政府(経済産業省)が発行する輸入承認書が必要となります。
(二)附属書II(現在は絶滅のおそれはないが、取引を厳重に規制しなければ絶滅のおそれがある種)
商業目的の取引は可能ですが、輸出国の管理当局が発行した輸出許可書等を税関に提出する必要があります。ワニ革、ニシキヘビ、一部のラン、ローズウッド(附属書I以外の種)などが含まれます。輸入者は、申告時に現物の書類を提示しなければなりません。
(三)附属書III(特定の締約国が自国内の種の保護のため、他国の協力を必要とする種)
当該国から輸入する場合には輸出許可書が必要となり、それ以外の国からの輸入には原産地証明書等が必要となります。
輸入ビジネスにおいて最も恐ろしいのは、附属書IやIIの対象であることを知らずに「無許可」で輸入しようとすることです。税関は、NACCS(輸出入・港湾関連情報処理システム)と経済産業省のシステムを連携させており、書類の不備は即座に判明いたします。
2 外為法および関税法における水際取締りの法的根拠
ワシントン条約該当物品を無許可で輸入しようとすることは、日本の国内法においても重大な違法行為を構成いたします。まず、外為法第四十八条および第五十二条により、特定の貨物の輸入には政府の承認を受ける義務が課されています。
「価格、数量その他の事項について、貨物の輸入の承認を受ける義務を課することができる」
この規定に基づき、ワシントン条約該当物品は経済産業大臣の承認を受けなければ輸入できない「輸入制限貨物」に指定されています。さらに、関税法第六十九条の十一では、他法令の規制をクリアしていない貨物は「輸入してはならない貨物」として定義されています。
(関税法第六十九条の十一第一項第十一号 輸入してはならない貨物)
「他の法令の規定により輸入してはならないものとされている貨物(中略)で政令で定めるもの」
T氏の事例のように、輸入承認を得ずに附属書Iの物品を輸入しようとすることは、関税法上の輸入禁止物品を密輸入しようとしたことと同義とみなされます。税関長は、このような貨物を発見した場合、認定手続を経て、没収、廃棄、または積み戻しを命じる権限を有しています。
3 ワシントン条約該当物品の典型例と実務上のリスク比較表
輸入者が「これも規制対象なのか」と驚くような、意外な該当物品を以下の表に整理いたしました。
┌──────────────────────────────────────┐
│ ワシントン条約該当物品の分類と輸入時に必要となる主な書類 │
├───────┬──────────────────┬───────────┤
│物品のカテゴリー│具体的な該当例(全角表記) │輸入に必要となる書類 │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│皮革製品 │ワニ、ヘビ、トカゲ、オーストリッチ等│輸出国発行の輸出許可書│
│ │の革を使用したバッグ、靴、ベルト │(CITES許可書) │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│木材・楽器 │ローズウッド(紫檀)、マホガニー、 │輸出許可書又は │
│ │黒檀等を使用したギター、バイオリン │アンティーク証明書 │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│漢方薬・化粧品│ジャコウ、虎骨、熊胆、アロエ、 │成分分析表および │
│ │チョウザメ(キャビア)等の成分含有品│経済産業省の輸入承認書│
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│装飾品・宝石 │象牙の彫刻、サンゴのネックレス、 │条約適用前取得証明書 │
│ │ベッコウ(ウミガメ)の櫛、クジャク │(プレ・コンベンション)│
└───────┴──────────────────┴───────────┘
4 「事後提出」および「後出し」の厳禁という法的鉄則
ワシントン条約の手続において、輸入者が最も注意しなければならないのが、書類の「同時提出義務」です。日本の税関実務において、ワシントン条約の許可書を輸入申告後に後から提出することは、原則として一切認められません。
「他の法令の規定により輸入に関して許可、承認その他の行政庁の処分(中略)を必要とする貨物については、輸入申告の際(中略)税関にこれを証明しなければならない」
この条文にある「輸入申告の際」という文言は、時間的に極めて厳格に解釈されます。例えば、海外のセラーが許可書を入れ忘れたり、電子データだけで原本を送っていなかったりした場合、その時点で申告は「不備」となり、貨物は直ちに差し止められます。T氏のように「アンティークだから後で証明できる」という主張も、輸入申告時に有効な証明書が添付されていなければ、税関は受理を拒否し、貨物の法的地位は「密輸入品」に準ずるものとして扱われます。一度差し止められた貨物について、後から海外から取り寄せた許可書を提示して「これで許可してほしい」と求めても、経済産業省および税関は「遡及的な有効性」を認めない運用を徹底しています。
5 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)との関係
ワシントン条約に該当する物品を輸入した後は、国内での取引についても別の法律による制約を受けます。それが、種の保存法です。
(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律第十二条第一項)
「国内希少野生動植物種(中略)及び国際希少野生動植物種の個体(中略)は、譲渡し、又は譲受けをしてはならない」
附属書Iに該当する物品、例えば象牙やブラジリアン・ローズウッドの製品を国内で転売しようとする場合、事前に一般財団法人自然環境研究センター等に登録し、登録票を備え付ける義務があります。T氏がギターを輸入できたとしても、この登録を行わずに販売すれば、種の保存法違反として更なる刑事罰の対象となります。
6 無許可輸入が招く刑事罰と社会的制裁の深刻さ
ワシントン条約に違反して輸入を強行しようとした場合、単なる貨物の没収では済みません。関税法および外為法に基づき、非常に重い罰則が科されます。
(一)関税法違反(無許可輸入罪)
(関税法第百十一条第一項第一号)
「第七十条第一項(他の法令の規定による許可、承認等の証明)の規定に違反して貨物を輸入した者は、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」
(二)外為法違反(輸入承認義務違反)
(外国為替及び外国貿易法第七十一条)
「第五十二条の規定による輸入の承認を受けないで貨物を輸入した者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」
(三)過失犯の処罰
T氏のように「知らなかった」と主張しても、関税法第百十一条第二項により、過失であっても罰金刑が科される可能性があります。さらに、法人の業務として行われた場合には、行為者を罰するだけでなく、法人に対しても多額の罰金が科される両罰規定が存在いたします。刑事告発がなされれば、企業の信用は地に落ち、銀行融資の停止や取引先からの契約解除といった壊滅的なダメージを受けることになります。
以下の表に、ワシントン条約違反に伴う主な法的リスクと制裁を整理いたしました。
┌──────────────────────────────────────┐
│ ワシントン条約該当物品の不法輸入に伴う制裁およびペナルティ │
├───────┬──────────────────┬───────────┤
│処分の種類 │算定根拠および法的な性質 │負担・制裁の目安 │
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│行政処分 │関税法第69条の11に基づく没収 │貨物の全額損失および │
│ │および経済産業省による輸入禁止命令 │廃棄費用の自己負担 │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│刑事罰(個人)│関税法第111条、外為法第71条等 │5年以下の懲役又は │
│ │(懲役、罰金の併科もあり) │1000万円以下の罰金│
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│刑事罰(法人)│関税法第117条(両罰規定) │行為者と同等の罰金刑 │
│ │ │および社会的信用の失墜│
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│追徴課税 │輸入が認められないことによる │過少申告加算税等の賦課│
│ │不適切な税額申告へのペナルティ │(申告内容による) │
└───────┴──────────────────┴───────────┘
7 不測の事態を防ぐための輸入コンプライアンス戦略
ワシントン条約該当物品を扱う輸入者が、法的な破滅を避けるためには、以下の三つの戦略的アクションを徹底しなければなりません。
(一)輸入前の徹底的な該当性調査
仕入れを検討している製品の原材料を学名(ラテン語名)レベルで特定し、ワシントン条約の最新の附属書と照合してください。ローズウッドのように、近年規制が強化された種も多いため、過去の知識に頼るのは危険です。経済産業省野生動植物貿易審査室や、税関の事前照会窓口を積極的に活用すべきです。
(二)輸出国側での「適法な証明書」の確約と事前送付
売買契約書において、「ワシントン条約に基づく有効な輸出許可書(原本)を提供できない場合は、契約を解除し損害賠償を求める」旨を明記してください。また、貨物を発送する前に、許可書のコピーをPDF等で送付させ、その内容(種名、数量、有効期限、署名等)に誤りがないかを、日本の専門家や当局に確認してもらうステップを挟むべきです。
(三)内部輸入管理規定(ICP)の構築
特定の担当者の「勘」に頼るのではなく、社内規定として「木材、皮革、動植物成分を含む製品を輸入する際は、必ず条約該当性チェックシートを起案し、法務部門の承認を得る」といったプロセスを義務化してください。
8 弁護士および専門家による高度なリーガルサポートの必要性
ワシントン条約を巡るトラブルは、一度税関で差し止められると、行政手続の段階で解決することは極めて困難です。しかし、専門の弁護士が介入することで、以下の道が開ける場合があります。
一 「条約適用前(プレ・コンベンション)」の立証支援:貨物が条約の規制開始日以前に製造・取得されたものであることを、当時の製造記録や輸出国の公的資料を用いて論理的に証明し、例外的な輸入許可(アンティーク特例等)を勝ち取る。
二 該当性に関する法的意見書の作成:税関が「該当する」と疑っている種について、生物学的、専門的な見地から「非該当」であることを主張する意見書を提出し、差し止めを解除させる。
三 刑事告発回避に向けた税関交渉:故意がなかったことを客観的な状況証拠から論証し、刑事告発を見送らせ、行政処分(任意放棄や積み戻し)の範囲に留めるよう折衝する。
四 不服申立ての代理:税関による不当な没収処分に対し、行政不服審査法に基づく審査請求や、処分取消訴訟を提起する。
当事務所は、代表弁護士が通関士資格を保有しており、楽器や家具、皮革製品の輸入におけるワシントン条約の実務に深く通じております。
9 まとめ
本日は、輸入ビジネスにおける見えない地雷である「ワシントン条約」のリスクについて解説いたしました。T氏のようなケースであっても、当初からブラジリアン・ローズウッドの規制の厳しさを理解し、輸入前に経済産業省の承認を得るか、あるいは適法なアンティーク証明を完璧に揃えていれば、数千万円の貨物を失い、刑事罰の恐怖に怯える事態は回避できたはずです。
輸入者にとって、ワシントン条約は単なる自然保護のルールではなく、外為法や関税法と直結した「輸入禁止の壁」です。「みんなやっているから」「お土産感覚だから」という甘い認識は、プロのビジネスの世界では通用いたしません。
正しい法令知識に基づき、一つひとつの素材にまで目を配り、法的な根拠をもって輸入に臨むこと。その慎重な姿勢こそが、貴社のビジネスの継続性を保証し、絶滅のおそれのある野生動植物を保護するという国際社会の責任を果たすことにも繋がります。
【お問合せは、こちらから】
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執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

