このページの目次
はじめに:仮の相談者から寄せられた相談事例のご紹介
本日は、輸入実務において高い収益性を期待できる一方で、常に知的財産権侵害という深刻なリーガルリスクと隣り合わせにある真正商品の並行輸入について、その法的構造から実務的な防衛策までを網羅的に解説いたします。並行輸入とは、日本の商標権者による正規の輸入ルートとは別に、海外で適法に販売されている真正品を輸入する行為を指します。しかし、税関の現場では偽造品や海賊版の流入を阻止するための水際対策が極めて厳格化されており、たとえ本物であっても、その正当性を法的に証明できなければ没収、廃棄という最悪の事態を招きかねません。まずは、当事務所に実際に寄せられる相談内容を模した、以下の架空事例をご覧ください。
【相談者】
大阪府内で欧州高級時計の並行輸入販売を行う株式会社R、代表取締役、S氏(仮名)
【相談内容】
「当社は、長年イタリアの信頼できる正規代理店から高級腕時計を仕入れ、日本国内の顧客へ並行輸入品として販売しております。仕入先からは真正品であることを証明するインボイスを毎回受け取っており、これまでの取引で一度もトラブルはありませんでした。ところが、先日輸入した腕時計百本について、税関から関税法に基づく認定手続開始通知書という書類が届きました。内容を確認すると、日本国内の商標権を有するメーカー側が、当社の輸入貨物を商標権侵害の疑いがあるとして差し止めを申し立てたとのことです。私は本物だと確信して仕入れていますが、もし侵害品と認定されれば商品はすべて没収、廃棄されてしまうのでしょうか。また、多額の仕入資金を失うだけでなく、悪質な密輸入者として罰せられるのではないかと不安でなりません。どのように真正品であることを立証し、貨物を取り戻せばよいのでしょうか」
このような事例は、知的財産権が国境を越えて厳格に保護される現代の国際貿易において、並行輸入業者が直面する最も深刻なリスクの一つです。税関は、偽造品や海賊版の流入を阻止するため、関税法の規定に基づき厳格な手続を進行させます。本日は、知財侵害を疑われた際の法的対応の急所と、適法な並行輸入として認められるための要件について、関係法令を詳細に引用しながら解説いたします。
1 真正商品の並行輸入が適法とされる法的根拠と判例法理
日本の商標法および関税法において、商標権を侵害する物品を輸入することは禁止されています。
「この法律で商標とは、人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(中略)であって、次に掲げるものをいう。一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの」
「商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。」
このように、商標権者は登録された商標を独占的に使用する権利を有しており、第三者が無断でその商標を付した物品を輸入することは原則として権利侵害となります。しかし、並行輸入については、それが真正な商品である場合には、商標が持つ出所表示機能(誰が作ったかを示す役割)および品質保証機能(一定の品質を保証する役割)を害さないため、実質的違法性がないと判断されます。この法理を確立したのが、昭和45年のパーカー事件大阪地裁判決、および平成15年の最高裁判決(フレッドペリー事件)です。最高裁は、以下の三つの要件(いわゆる真正商品の並行輸入の三要件)をすべて満たす場合には、商標権侵害には当たらないという判断を下しました。
(一)真正性の保証
輸入商品に付された商標が、外国における商標権者又はその許諾を受けた者により、当該商品に適法に付されたものであること。
(二)同一人性の保証
外国における商標権者と日本の商標権者とが、同一人であるか、若しくは法律的、経済的に同一人とみなせるような関係にあるため、当該商標が示す商品の出所が同一であること。
(三)品質管理性の保証
日本の商標権者が、当該商品に対して品質管理を行い得る立場にあり、輸入品と日本の商標権者が扱う商品との間に、実質的に差異がないと認められること。
輸入者は、税関から侵害の疑いをかけられた際、これら三つの要件を客観的な証拠に基づいて証明しなければなりません。
2 税関による認定手続の構造と進行プロセス
税関が輸入貨物の中に知的財産権を侵害している疑いがある物品を発見した場合、直ちに没収するのではなく、まず認定手続という行政手続を開始します。この手続は、輸入者と権利者の双方に意見を述べる機会を与えるものです。
(関税法第六十九条の十一第一項第九号 輸入してはならない貨物)
「特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品」
(関税法第六十九条の十二第一項 認定手続)
「税関長は、輸入申告された貨物(中略)のうちに、第六十九条の十一第一項第九号から第十号までに掲げる物品に該当する疑いがある貨物があるときは、当該貨物が当該物品に該当するか否かを判定するための手続(以下この条において認定手続という。)を執らなければならない。」
手続が開始されると、輸入者と権利者の双方に認定手続開始通知書が届きます。ここから、概ね十執務日という極めて短い期間内に、輸入者は自らの正当性を立証する意見書と証拠を提出しなければなりません。S氏の事例のように、権利者(ブランドメーカー)が事前に輸入差止申立て(関税法第六十九条の十三)を行っている場合、税関は高い確率で認定手続を開始いたします。この通知を放置すると、反論がないものとみなされ、貨物は自動的に侵害品として認定され、廃棄処分へと進むことになります。
3 適法性を証明するための具体的証拠と商流の立証
並行輸入の抗弁において最も重要なのは、その商品がどのようなルートを辿って貴社の手元に届いたのかを示す商流の証明です。単に本物に見えるという主張は法的な証拠にはなりません。以下の表に、真正品であることを証明するために準備すべき書類と、その重要度をまとめました。
┌──────────────────────────────────────┐
│ 真正商品の並行輸入立証のための必要証拠書類一覧表 │
├───────┬──────────────────┬───────────┤
│書類の名称 │立証すべき内容(全角表記) │証拠としての重要度 │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│基本売買契約書│仕入先との継続的な取引関係および │高(商流の根拠となる)│
│ │真正品保証条項の有無 │ │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│インボイス │具体的な品番、個数、単価、および │極めて高(必須書類) │
│(仕入書) │輸出者の名称と所在地 │ │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│正規店レシート│現地正規代理店や直営店で購入した │極めて高(出所の証明)│
│ │ことを示す具体的な決済記録 │ │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│輸送書類 │製造国から日本までの運送経路に │高(荷抜きの否定) │
│(BL等) │不自然な点がないことの証明 │ │
├───────┼──────────────────┼───────────┤
│製品写真・鑑定│現物のシリアル番号、ロゴの刻印、 │中(補足的な立証) │
│資料 │素材の質感、ICチップの反応等 │ │
└───────┴──────────────────┴───────────┘
4 並行輸入における法的リスクの三段階構造
並行輸入事業者が直面するリスクは、単なる貨物の没収に留まらず、民事、行政、刑事の三方面にわたります。
(一)行政的リスク
関税法に基づき、侵害品と認定された貨物は没収、廃棄されます。また、一度でも認定手続で侵害と判定されると、当該輸入者は税関のブラックリストに登録され、今後のすべての輸入貨物が厳格な検査(A線検査)の対象となり、ビジネスのスピードが著しく低下いたします。
(二)民事的リスク
商標法に基づき、国内の商標権者から差止請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。
「商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」
権利者が被ったとされる損害額は、侵害品の販売数量に正規品の利益を乗じる等の方法で高額に推定されることが多く、中小企業にとっては致命的な負担となります。
(三)刑事的リスク
故意に侵害品を輸入したと判断された場合、関税法および商標法の規定に基づき、重い刑事罰が科されます。
(関税法第百九条第一項 輸入してはならない貨物を輸入する罪)
「第六十九条の十一第一項第九号(中略)に掲げる貨物を輸入した者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」
「商標権又は専用使用権を侵害した者(中略)は、十年以下の懲役若しくは一千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」
法人の場合には、その行為者を罰するほか、法人に対しても三億円以下の罰金刑が科される両罰規定(商標法第八十二条)が存在いたします。
5 適法な並行輸入を維持するための実務的チェックリスト
並行輸入ビジネスを安全に継続し、税関の認定手続にも即座に対応できる体制を構築するためには、以下の項目を日常的に実施する必要があります。
┌──────────────────────────────────────┐
│ 並行輸入事業者のための法的リスク管理チェックリスト │
├───────┬──────────────────────────────┤
│チェック項目 │具体的な確認内容および対応 │
├───────┼──────────────────────────────┤
│商標権の調査 │特許庁のデータベース(J-PlatPat)で日本の権利者を │
│ │特定し、海外権利者との同一人性を確認しているか。 │
├───────┼──────────────────────────────┤
│仕入先の審査 │仕入先が当該国で正規の卸売権限を有していることを、契約書や │
│ │証明書により確認しているか。 │
├───────┼──────────────────────────────┤
│品質の同一性 │日本国内で流通している正規品と、輸入品の仕様、パッケージ、 │
│ │成分等に実質的な差異がないか検証しているか。 │
├───────┼──────────────────────────────┤
│証憑書類の保存│インボイス、送金記録、輸送書類を関税法に基づき七年間厳重に │
│ │保存しているか。 │
├───────┼──────────────────────────────┤
│契約上の補償 │仕入先との契約に、侵害品であった場合の損害賠償や返品に関す │
│ │る条項が盛り込まれているか。 │
└───────┴──────────────────────────────┘
6 弁護士による高度な法的サポートの重要性
認定手続開始通知が届いた際、輸入者に与えられた時間は極めて限定的です。ここで適切な初動を行えるかどうかが、貨物の運命を左右します。当事務所は、関税法と知的財産権法の双方に精通した専門家として、以下のサポートを提供いたします。
(一)論理的な意見書の作成
単に本物ですと主張するのではなく、パーカー事件やフレッドペリー事件の判例理論に基づき、本件がなぜ適法な並行輸入と言えるのかを法的に論証した意見書を税関長に提出いたします。
(二)権利者(ブランド側)との直接交渉
権利者が過剰な権利主張を行っている場合や、誤解に基づき差し止めを行っている場合には、弁護士名での警告や交渉を行うことで、認定手続の取り下げを促します。
(三)証拠収集の指導と整理
海外の仕入先との連携を含め、税関が認める形式での証拠書類(チェーン・オブ・タイトル)の収集を的確に指示し、説得力のある立証資料を構築いたします。
(四)不服申立ておよび訴訟対応
万が一、税関から侵害品との認定を受けた場合でも、行政不服審査法に基づく審査請求や、更正処分取消訴訟を通じて、認定の覆しを目指します。
(五)予防法務としての契約レビュー
将来のトラブルを防ぐため、海外仕入先との売買契約書に関税法および知財法の観点から補償条項を組み込み、貴社の損害を最小限に抑えるスキームを構築いたします。
7 不当な輸入差止申立てに対する対抗措置
日本の商標権者が、並行輸入品の排除を目的に不当な内容で税関に差し止めを申し立てている場合、輸入者はそれに対抗する手段を有しています。
(一)供託金制度の活用
関税法第六十九条の十五に基づき、税関長は権利者に対し、輸入者が被るおそれがある損害の賠償を担保するための供託を命じることができます。これを促すことで、権利者に対して安易な差し止めを思い止まらせる心理的抑止力となります。
(二)不正競争防止法に基づく対応
権利者が、並行輸入品が偽物であるという虚偽の事実を流布して営業を妨害している場合、不正競争防止法に基づき、営業誹謗行為として差止や損害賠償を請求することが可能です。
8 知的財産権侵害を巡る最新の法改正と実務への影響
関税法改正により、海外の事業者が郵便等を利用して日本国内の個人に送付する模倣品についても、個人使用目的であっても輸入してはならない貨物として没収の対象となりました。
これにより、個人輸入を装った小規模な転売ビジネスであっても、税関の取締りは一層厳格化されています。事業として並行輸入を行う場合には、規模に関わらず完全な法的コンプライアンスが求められる時代となったのです。
9 輸入者が保存すべき商流証明書類の具体的詳細
事後調査や認定手続において、税関から最も重視されるのは、貨物の同一性を証明する客観的記録です。以下の書類が欠けている場合、真正品であっても侵害品と認定されるリスクが高まります。
一 注文書(Purchase Order):いつ、誰が、何を注文したかの記録
二 送金指図書(Payment Advice):実際に代金が支払われた銀行の証明
三 荷渡指図書(Delivery Order):貨物の引き渡しに関する記録
四 商品のシリアル番号リスト:一点ごとに管理されている個体識別番号の控え
これらを一点の曇りもなく提示できる体制こそが、並行輸入事業者の真の実力です。
10 まとめ
本日は、並行輸入ビジネスの死活問題である知的財産権侵害と税関の認定手続について解説いたしました。S氏のようなケースであっても、当初から並行輸入の三要件を深く理解し、商流を証明する資料を完備した上で、税関からの通知に対して即座に専門家の意見書を提出できていれば、貨物を取り戻し、ビジネスを守ることが可能です。
企業としては、並行輸入が適法であるという原則に甘んじることなく、その適法性を常に法的に証明し続けなければならないという厳しい現実を直視してください。インボイスの数字だけでなく、その背後にある権利の連鎖を管理すること。それが、グローバル・リーダーとしての企業の品格であり、真のコンプライアンス経営の姿です。
【お問合せは、こちらから】
・・・・・・・・・・・
執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

