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0 はじめに:具体的な相談事例
【相談者】
神奈川県に本社を置く精密機器メーカー、株式会社X、貿易法務担当のS部長
【相談内容】
「当社では、次世代型医療用検査装置の基幹部品を海外の関連会社から輸入しております。今回の輸入分より、ライセンス契約の改定に伴い、支払うロイヤルティの額が変更となりました。これを受けて輸入申告を行ったところ、税関より「加算額の計算根拠に疑義があるため、評価審査に時間を要する」との連絡がありました。一方で、国内の製造ラインは部品の在庫が底を突きかけており、今週末までに貨物を引き取れなければラインが停止し、多額の損害賠償が発生する危機にあります。輸入許可を待たずに貨物を引き取る法的な手段はないでしょうか。また、その際の条件や注意点についても教えてください。」
貨物の輸入をビジネスとして行っている方はもちろん、輸入実務に携わる方であれば、原則として輸入許可を取得した後でなければ貨物を引き取ることができないというルールは周知のことと思います。しかし、株式会社Xの事例のように、税関側の審査が長引く一方で、輸入者側に一刻を争う事情がある場合、この原則を貫くことは日本経済の円滑な物流を阻害しかねません。
そこで、関税法では一定の条件の下で、輸入許可が出る前に貨物の引き取りを認める制度を設けております。これを「輸入許可前引取り(関税法第七十三条)」と呼び、実務上は「Before Permission」の頭文字を取って「BP通関」や「BP引取り」などと称されます。
1 輸入許可前引取りの法的根拠と要件
輸入許可前引取り制度は、本来であれば輸入許可という行政処分が下された後に認められる「貨物の国内への引き取り」を、例外的に前倒しで認めるものです。その法的根拠は関税法第七十三条第一項に定められております。
この承認を受けるためには、原則として「関税額に相当する担保」を提供する必要があります。これは、後日正式な輸入許可が下りる際、確定した関税額が確実に納付されることを担保するための措置です。
2 制度の利用を検討すべき具体的なケース
本制度は、単に「早く引き取りたい」という主観的な希望だけで認められるものではありません。実務上、承認される主なケースは以下の四つのカテゴリーに分類されます。
(1)税関側の事情により輸入許可が遅延する場合
①新規輸入品など、課税標準(評価額)の審査に専門的な判断や日時を要する場合
②貨物の性質により、分析や検定を行わなければ関税率表上の分類(HSコード)が確定できない場合
③税関の事務処理上の都合により、通常を大幅に超える審査時間を要する場合
(2)申告者側において、特に引き取りを急ぐ理由があると認められる場合
①輸入貨物が消散、漏洩、変質、または損傷するおそれがある場合(生鮮食品や化学薬品など)
②輸入貨物である原材料の在庫がなく、国内工場の操業に重大な支障をきたす場合
③契約上の納期が極めて切迫しており、許可を待つことで多額の違約金が発生する場合
(3)申告者側の事情により輸入許可が遅延する場合
①インボイスが暫定的なもの(プロフォーマ)であり、確定した価格の算出に時間を要する場合
②契約が揚地ファイナル(到着時の検査結果等で価格が確定する契約)である場合
(4)その他のやむを得ない理由
税関長が個別の事情を鑑みて、承認すべき正当な理由があると認める場合
3 輸入許可前引取りの承認を受けられない場合
本制度の利用には一定の制限があります。以下の状況に該当する場合、関税法第七十三条の承認を受けることはできません。
①他法令の証明が未完了の場合 関税法第七十条に基づき、他の法令(食品衛生法や薬機法など)による許可や承認が必要な貨物については、それらの手続きが完了したことを税関に証明しなければなりません。この証明ができない限り、BP引取りも認められません。
②原産地の虚偽表示等がある場合 関税法第七十一条の規定により、原産地について直接または間接に偽った表示がある貨物、あるいは誤認を生じさせる表示がある貨物は、輸入が許可されません。BP引取りについても同様であり、不適切な表示が是正されない限り承認されません。
③制度の悪用と認められる場合 申請の主たる目的が関税の延納(支払いの先延ばし)にあると判断される場合や、過去に重大な関税法違反を犯している輸入者の場合、制度の本旨に反するものとして却下されることがあります。
4 担保の提供と具体的な手続き
輸入許可前引取りを受けるためには、担保を提供する必要があります。提供可能な担保の種類については、関税法第九条の十一に準じて定められております。
(1)提供可能な担保の種類
①金銭
②国債および地方債
③税関長が確実と認める社債その他の有価証券
④土地
⑤保険が付された建物、船舶、鉱業権、財団など
⑥税関長が確実と認める保証人の保証
実務上は、現金による担保提供(担保金)や、銀行による保証が一般的に用いられます。
(2)手続きの流れと比較表
通常の手続きと輸入許可前引取り(BP)の手続きの相違点を整理したものが以下です。
【輸入手続きの比較表】
|工程|通常通関手続き|輸入許可前引取り(BP)|
|輸入申告|輸入者または通関業者による申告|輸入者または通関業者による申告|
|税関審査|書類審査および現物検査|書類審査および現物検査の開始|
|特別な申請|なし|輸入許可前引取り承認申請書の提出|
|担保の提供|不要|関税・消費税相当額の担保を提供|
|貨物の引取り|輸入許可書の交付後|税関長の承認書交付後に引取り可能|
|最終確定|許可時点で完結|後日、審査完了後に輸入許可書交付|
5 専門家による法的支援の必要性
輸入許可前引取制度は、企業のサプライチェーンを守るための強力な手段ですが、その運用には高度な専門知識が求められます。特に株式会社Xの事例のような「評価審査の遅延」が原因である場合、単に貨物を引き取って終わりではありません。
(1)関税評価に関する法的主張
税関が評価額に疑義を持っている場合、BP引取りを行った後も審査は継続されます。ここで適切な反論や証拠資料の提示ができなければ、後日、多額の追徴課税や加算税を課されるリスクがあります。
(2)担保解除に向けた手続
輸入許可が下りた段階で、提供していた担保は解除されますが、この手続きが円滑に進むよう管理を行う必要があります。
(3)不服申立てへの備え
万が一、輸入許可前引取りの承認が不当に拒否された場合や、最終的な輸入許可において不当な課税処分がなされた場合には、関税法第八十九条に基づく審査請求の手続きを検討することになります。
6 株式会社Xへのアドバイス
相談事例のS部長に対しては、まず直ちに以下の三点の対応を行うようのアドバイスしました。
①現在の評価審査が長期化する具体的な要因を税関に確認し、その審査完了を待つ間、関税法第七十三条に基づく輸入許可前引取りの承認申請を行う意思を伝えます。
②他法令(医療機器に関連する薬機法等)の輸入手続きがすべて完了しているかを再確認いたします。もし他法令の確認が終わっていなければ、BP引取りは認められません。
③担保として提供する資金または銀行保証の準備を迅速に行います。関税・消費税の予定額と同等のキャッシュを一時的に拘束されることになりますが、製造ライン停止による損害額と比較すれば、その経済的合理性は明らかです。
7 まとめ:貿易実務におけるリスクマネジメント
輸入許可前引取り制度は、適正な関税徴収と迅速な物流のバランスを図るための、法律が認めた正当な権利です。しかし、担保の提供や他法令の遵守、そして何より税関との粘り強いやり取りが必要となるため、現場の負担は小さくありません。
日頃から自社の輸入取引の法的根拠を明確にし、契約書やインボイスの整備を徹底しておくことが、いざという時のBP引取りをスムーズに進める鍵となります。また、関税法第九十四条の規定に基づく帳簿保存義務などを確実に履行し、税関からの信頼を得ておくことも、円滑な通関手続きの土台となります。
8 弁護士へのご相談をご希望の方へ
当事務所では、代表弁護士が輸出入や通関に関する国家資格である通関士資格を保有しております。これにより、関税法や関税定率法といった法律の解釈だけでなく、現場の通関実務に即した具体的なアドバイスが可能です。
BP引取りの申請手続きにおける法的助言はもちろん、税関から求められる価格疎明資料の作成支援、事後調査を見据えたコンプライアンス体制の構築、さらには税関の処分に対する審査請求まで、一貫してサポートいたします。
輸出入や通関上のトラブル、税関事後調査を含む税関対応等でお悩みの場合には、ご遠慮なく当事務所までご相談ください。
【お問合せは、こちらから】
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執筆:有森FA法律事務所 代表弁護士有森文昭(詳細プロフィールは、こちら)
(注)2026年3月時点の法令に基づき内容を改定
本記事は2026年3月現在の法令に基づいた一般的な情報の提供を目的としています。個別の事案については、具体的な状況により判断が異なるため、必ず専門家にご相談ください。

有森FA法律事務所の代表弁護士、有森文昭です。東京大学法学部および法科大学院を卒業後、都内の法律事務所での経験を経て、当事務所を開設いたしました。通関士や行政書士の資格も有し、税関対応や輸出入トラブル、労働問題など、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えしています。初回相談から解決まで一貫して対応し、依頼者の最良のパートナーとして、共に最適な解決策を追求してまいります。

