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1 相談内容
半年ほどかけて発信者情報開示請求を行い、ようやく私を誹謗中傷していた投稿者を特定できました。
ここまで弁護士費用もかかりましたし、何より、誹謗中傷によって精神的に大きなダメージを受けました。相手には、きちんと責任を取ってもらいたいと思っています。
インターネットで調べると、「名誉毀損の慰謝料は高額になることもある」と書かれていました。そこで、相手に300万円を請求しようと考えています。
このような金額は、日本の裁判で認められるのでしょうか。ネット上の誹謗中傷に関する慰謝料の相場を教えてください。
2 弁護士の回答-300万円を請求することは可能ですが、裁判でそのまま認められるとは限りません
発信者情報開示請求を経て投稿者を特定するまでには、時間も費用もかかります。被害者の方からすれば、「300万円でも足りない」と感じるほどの苦痛を受けたというお気持ちは、当然のものです。
ただし、日本の裁判所が認定する慰謝料額は、被害者が感じた苦痛の大きさに比べると、低く感じられることが少なくありません。
結論として、相手に300万円を請求すること自体は可能です。しかし、裁判で判決まで進んだ場合、一般的なネット誹謗中傷の事案で300万円全額が認められるケースは多くありません。
裁判実務上、個人に対する名誉毀損では10万円から100万円程度、侮辱では数万円から30万円程度、プライバシー侵害では数千円から50万円程度が一つの目安とされています。
そのため、請求額を決める際には、「いくら請求したいか」だけでなく、「裁判になった場合にどの程度認められそうか」「費用倒れにならないか」「示談交渉でどの金額を目指すか」を分けて考える必要があります。
3 名誉毀損の場合の慰謝料相場
名誉毀損とは、公然と事実を示して、その人の社会的評価を低下させる行為をいいます。
たとえば、インターネット上で「不倫している」「犯罪をしている」「詐欺師だ」「会社の金を横領している」などと書かれた場合、内容が虚偽であれば名誉毀損に当たる可能性があります。
個人に対する名誉毀損の場合、裁判で認められる慰謝料は、一般的には10万円から50万円程度に収まることも多く、悪質性や拡散状況によっては100万円程度まで認められることがあります。個人について10万円から100万円程度が相場とする解説もあります。
金額を左右する事情としては、次のようなものがあります。
- 投稿内容が犯罪行為や不貞行為など重大な内容か
- 実名、勤務先、住所などが記載されているか
- 投稿が長期間公開されていたか
- 閲覧者数や拡散規模が大きいか
- 複数回、継続的に投稿されたか
- 被害者が著名人、事業者、専門職など信用が重要な立場か
- 実際に仕事、取引、交友関係、家族関係などに影響が出たか
- 加害者が反省しているか、削除に応じたか
たとえば、協同組合が「架空請求などの犯罪行為をしている」と投稿された事案では、裁判所は投稿を悪質なものとしつつも、閲覧可能な期間や閲覧者の範囲などを踏まえ、無形損害50万円と弁護士費用5万円、合計55万円の支払いを命じたと紹介されています。
このように、犯罪をしているかのような虚偽投稿であっても、必ず数百万円が認められるわけではありません。
4 侮辱・名誉感情侵害の場合の慰謝料相場
「バカ」「ブス」「気持ち悪い」「死ね」など、具体的な事実を示さない罵倒は、名誉毀損ではなく、侮辱や名誉感情侵害として問題になることがあります。
侮辱は、社会的評価を低下させる具体的事実の摘示がないため、名誉毀損よりも慰謝料額が低くなる傾向があります。相場としては、数万円から30万円程度とされています。
ただし、単発の悪口か、執拗に繰り返されたか、差別的表現や人格否定が含まれるか、被害者の活動に重大な影響が出たかによって、金額は変わります。
たとえば、単に一度だけ「バカ」と書かれた場合と、長期間にわたって複数のアカウントで人格攻撃を繰り返された場合とでは、精神的苦痛の程度も、裁判所の評価も異なります。
もっとも、侮辱だけを理由に裁判をする場合、慰謝料額よりも弁護士費用や手続費用の方が高くなることがあります。金銭的回収だけを目的とするのか、謝罪、削除、再発防止、今後の牽制まで含めて考えるのかを整理しておく必要があります。
5 プライバシー侵害の場合の慰謝料相場
住所、電話番号、勤務先、家族構成、病歴、前科前歴、性的画像など、本人が公開を望まない私生活上の情報を勝手に公開された場合には、プライバシー侵害が問題になります。
プライバシー侵害の慰謝料は、公開された情報の性質によって大きく変わります。住所や勤務先の晒しであれば数十万円程度にとどまることもありますが、性的画像の公開、いわゆるリベンジポルノのように被害が深刻な場合には、より高額になる可能性があります。
一般的なプライバシー侵害については、数千円から50万円程度が相場と説明されることがあります。
もっとも、住所を晒された結果、実際に嫌がらせが来た、転居を余儀なくされた、仕事に支障が出たなど、具体的な被害がある場合には、慰謝料以外の損害も含めて検討することになります。
6 発信者情報開示にかかった費用は請求できるか
発信者情報開示請求にかかった弁護士費用や手続費用は、「調査費用」として投稿者に請求できる場合があります。
匿名投稿の被害では、投稿者を特定しなければ損害賠償請求ができません。そのため、発信者を特定するために要した費用は、不法行為と相当因果関係のある損害として認められることがあります。裁判例でも、発信者特定のための弁護士費用が損害として検討されています。
ただし、支払った金額が常に全額認められるわけではありません。
裁判所は、不法行為の内容、被害の程度、認められる慰謝料額とのバランス、手続きの難易度、実際に必要だった費用かどうかなどを総合的に考慮し、社会通念上相当な範囲で認める傾向があります。近時の裁判例でも、調査費用100万7000円のうち70万円を認めた例、77万円のうち33万円を認めた例、44万円を本案訴訟の弁護士費用と併せて評価し16万円を認めた例などが紹介されています。
一方で、全額またはそれに近い金額が認められる裁判例もあります。発信者情報開示請求は専門性が高く、被害者本人が短期間で適切に行うことは難しいため、弁護士に依頼した調査費用の必要性が認められやすい場面もあります。
したがって、「開示請求に80万円かかったから、必ず80万円を全額回収できる」とは言えませんが、「どうせ一切請求できない」とも言えません。請求時には、契約書、請求書、領収書、業務内容、対象投稿との関係を整理して、調査費用として積み上げることが重要です。
7 裁判と示談では、金額の考え方が違います
ここまで述べた相場は、主に裁判で判決になった場合の目安です。
一方、示談交渉では、当事者が合意すれば、裁判上の相場より高い金額で解決することもあります。示談では、慰謝料だけでなく、調査費用、弁護士費用、削除、謝罪、再投稿禁止、違約金条項、秘密保持などをまとめて交渉することができます。
加害者側が次のような事情を重視している場合には、裁判よりも早く、かつ相場より高めの金額で解決できることがあります。
- 家族や勤務先に知られたくない
- 裁判を長引かせたくない
- 刑事告訴を避けたい
- 早期に解決して謝罪したい
- 実名で判決が残ることを避けたい
- 追加の投稿や拡散を止めたい
もっとも、過度に高額な請求を強い言葉で迫ると、交渉がこじれるだけでなく、相手から恐喝的だと反論されるリスクもあります。高めの請求額から交渉を始めることはありますが、根拠のある金額設定と、落としどころの設計が重要です。
8 300万円を請求する場合の考え方
300万円という金額が絶対に不可能というわけではありません。
たとえば、実名で犯罪行為をしていると投稿された、投稿が長期間・広範囲に拡散した、仕事を失った、取引がなくなった、精神疾患を発症した、住所や家族情報も晒された、執拗な投稿が繰り返された、といった事情が重なれば、高額請求を検討する余地はあります。
しかし、一般的な個人間のネット誹謗中傷で、慰謝料だけで300万円がそのまま認められる可能性は高くありません。現実的には、慰謝料、調査費用、損害賠償請求にかかる弁護士費用、実際に生じた経済的損害を分けて整理し、合計額として請求額を組み立てるのがよいでしょう。
たとえば、次のように整理します。
- 慰謝料:投稿内容、悪質性、拡散状況に応じて算定
- 調査費用:発信者情報開示に要した費用
- 弁護士費用:損害賠償請求に要する費用のうち相当額
- 実損害:休業、売上減少、転居費用、治療費など
- 再発防止条項:今後の投稿禁止、違反時の違約金
このように、単に「慰謝料300万円」とするよりも、損害項目ごとに根拠を示した方が、交渉でも裁判でも説得力が出ます。
9 まとめ
誹謗中傷の投稿者を特定できた後、300万円を請求すること自体は可能です。しかし、日本の裁判で認められる慰謝料額は、被害者の感覚より低くなることが多く、個人の名誉毀損では10万円から100万円程度、侮辱では数万円から30万円程度、プライバシー侵害では数千円から50万円程度が一つの目安です。
また、発信者情報開示請求にかかった費用は、調査費用として請求できる可能性がありますが、全額が当然に認められるわけではなく、事案ごとに相当な範囲で判断されます。
一方、示談交渉では、裁判上の相場を超える解決金でまとまることもあります。重要なのは、感情だけで請求額を決めるのではなく、投稿内容、拡散状況、実害、調査費用、相手の支払意思を踏まえて、現実的かつ戦略的に請求額を設計することです。

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