本日は、津地方裁判所四日市支部が令和6年6月19日に言い渡した損害賠償請求事件に関する判決をご紹介いたします。
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1 事案の概要
原告は現職の市長、被告は市議会議員です。
被告は市民に対し、以下の内容を記載したはがきを560通郵送しました。
①ある市長が特定の会社から4,100万円を受け取り、家も建ててもらったとの証言を得たこと、
②随意契約の内容に触れつつ、捜査が入る可能性を示唆
この記載内容は、市長が多額の経済的利益を受け取ったことを暗示し、収賄罪に該当する可能性を指摘するものでした。
原告はこのような記載が名誉毀損であるとして損害賠償を請求しました。
2 裁判所の判断
(1)社会的評価の低下について
裁判所は、はがきの内容が『原告が不正な利益を得た』という具体的な事実を摘示するものであり、また、多数の市民に郵送されたことから公然性も認められるとしました。
そのため、被告の行為は原告の社会的評価を低下させるものであると判断しました。
(2)摘示事実の真実性及び相当性について
被告は『市民や関係者の情報提供が根拠だ』と主張しましたが、裁判所はその情報の信頼性や裏付けがないと指摘した上で、被告が謝罪文の中で『十分な調査や確認を行わず、憶測と推測で行動した』と認めた点も考慮し、「被告が真実と信じる相当な理由があるとは言えない」と判断しました。
(3)損害額について
裁判所は原告の精神的苦痛を認め、慰謝料30万円及び弁護士費用3万円を損害として認定しました。ただし、被告が謝罪文を提出し、市議会広報で謝罪内容が公表されたことから、原告の名誉回復が一定程度図られた点も考慮しました。
3 表現の自由と責任との関係性
本件では、市議会議員の言論が公益を図る目的であるか否か、そしてその言論が事実に基づくものであるかが争点となりました。
一人の議員としての職務上の発言や活動は、民主主義社会において重要な役割を果たすものですが、同時にその責任も重大です。
裁判所は、被告の行為が「裏付け調査に欠けた憶測」に基づくものであると厳しく指摘しました。情報の信憑性を確認せずに事実と決めつけることは、結果として市民の誤解を招き、対象者の名誉を不当に傷つける恐れがあります。
一方で、裁判所は被告の謝罪と名誉回復の措置も評価し、賠償額を抑えました。この点は、誠実な謝罪と対応が法的評価に影響することを示しています。
本件は、市議会議員の発言が名誉毀損に問われた事例であり、『表現の自由』と『名誉の保護』のバランスを考える上で重要な判例の一つであると言えます。